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  • 2020/06/22 掲載

オンライン申請の混乱にみる日本の「取り逃した未来」とは 篠崎教授のインフォメーション・エコノミー(第123回)

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特別定額給付金を巡っては、マイナンバーカードを活用したオンライン申請よりも郵送による紙での申請が早くて便利という驚くべき事態が発生した。ペンシルベニア大学のクライン名誉教授ら日米の経済学者グループが2000年代半ばに行った共同研究では、「日本が情報革命の波に乗れば、潜在成長率を1.5%から2%程度加速し得る」と結論づけたが、その後の日本経済はゼロ成長へと失速してしまった。特別定額給付金を巡る混乱は、情報革命の波に乗れなかった日本経済の「取り逃した未来」を象徴している。今回は、まさに「失速か加速か」の分水嶺にあった2000年台半ば当時のモデル分析で何が明らかになったかを解説しよう。
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特別定額給付金を巡る混乱は、情報革命の波に乗れなかった日本経済の「取り逃した未来」を象徴している
(Photo/Getty Images)

日本経済の実態を正確に把握する手法とは

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 この連載の121回で解説したように、クライン型モデルを用いた2000年代半ばの日米共同研究では、日本の情報資本に「規模に関して収穫逓増」が観察され、労働についても、教育による成長への貢献があると検証された(Adams, et al. [2007])。

 では、情報資本の収穫逓増効果や労働の質を織り込んだこのモデルでは、日本経済の潜在成長力がどの程度だと分析されたのだろうか。結果的に、その後の日本経済はゼロ成長へと失速してしまったが、分水嶺となった2000年台中盤頃の時期に、日本経済はどの程度のポテンシャルがあったかを跡付けておく意義は大きいだろう。

 Adams, et al.(2007)では、資本に関する分析結果と労働における教育効果の分析結果を踏まえて、規模に関する制約条件を外し、情報資本と労働の質を明示した経済モデルで情報革命の恩恵を享受できる2つのケースと、従来型モデルの基本ケースで3種類のシミュレーションがなされている。

 3種類の経済モデルに日本のマクロ・データを実際に当てはめて推定した結果、情報資本の収穫逓増効果や労働の質を織り込んだクライン型モデルでは、統計的に有意でより説明力のある推定結果が得られている。

 一方、同じ日本のマクロ・データで、労働の質や情報資本を明示しない従来型モデルを推定すると、クライン型モデルに比べて説明力が低い結果となった。つまり、労働を単なる頭数とみたり、勃興期にある新技術への投資を既存の資本に埋没させたりすると、S字カーブの転換期にあった当時の日本経済を正確に把握することができないことが判明したわけだ。

2000年台半ばの日本の潜在成長率はどの程度だったか

 これを踏まえて、日本経済の潜在成長率を推計すると、どのようなシミュレーション結果が得られたのだろうか。それを紹介する前に、当時、日本の潜在成長力は、一般的にどの程度だと認識されていたのかを振り返っておこう。

 日本のマクロ経済分析といえば、経済政策や金融政策を司る内閣府経済社会総合研究所や日本銀行に定評がある。的確な政策の立案と遂行には正確な実態把握が欠かせず、充実したスタッフによる調査・研究活動が日々行われている。

 今でこそ日本の潜在成長率は「0%台」とされているが、日米共同研究が行われていた2006年5月に日本銀行から公表された『日銀レビュー』や、その1年前の2005年5月に内閣府が発表した『21世紀ビジョン』の分析を見ると、それぞれ「1%台後半」と「2%程度」と計測されていた。今より1.5%程度高かったわけだ。

日本が情報革命の波に乗れていた場合の潜在力とは

 では、クライン型モデルと従来型モデルの3種類を推定した日米共同研究はどうだろうか。Adams, et al.(2007)によると、従来型の基本ケースでは1.9%と『21世紀ビジョン(2%程度)』や『日銀レビュー(1%後半)』の分析と同水準の試算結果だ。

 その一方で、情報技術革新による新経済の勃興を内生的に織り込み、知識経済化の進展による人材の質を考慮したクライン型の経済モデルでは、2.6~3.8%という、かなり高めの潜在成長率が示された。

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図1 2000年代半ばにおける日本の潜在成長率
(出所)Adams, et al.(2007), 内閣府(2005), 日本銀行(2006)をもとに筆者作成
 

 つまり、「情報の時代」を視野に入れた資本と労働の質を考慮し、新旧の経済体系がS字型のカーブで折り重なる経済モデルを用いると、日本経済の潜在的な成長力は、通説より1~2%程度高いことがモデル分析で検証されたのだ。

 ただし、高めの成長力を額面どおりに達成可能と解釈するのは、楽観的で短絡的との解説も加えられていた。これはあくまでポテンシャル(潜在的能力)に過ぎないからだ。産業革命後の世界の経済史に鑑みると、いずれの試算結果が厳密に正しいかではなく、取り組み次第でいずれにも帰結し得ると解釈するのが適切なのだ。

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