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デジタル・ネイティブの若い世代は、ITがなかったか、あったとしても小さな存在に過ぎなかった時代を実感するのは難しいだろう。だからこそ、「ITのない時代」から「当たり前の時代」への転換期を振り返るのは有意義だ。これから社会がAIやIoT、ビッグデータなど次々と生まれる新技術でどう変わるのか、その潮流を読むヒントが得られるはずだ。今回からは、今起きていることの源流として1990年代に焦点を当て、情報化で先陣を切った米国経済に何が起きたかを経済学の基本概念を使って読み解いていこう。
情報化で先陣を切った米国経済に何が起きたか
生まれた時からITに囲まれてきたデジタル・ネイティブ世代は、ITがなかったか、あったとしてもその影響力が小さかった時代を想像するのが難しい。だが「ITのない時代」から「当たり前の時代」への転換期は示唆に富むヒントが満載だ。
GAFAやファーウェイ、GDPRに関する報道を見れば分かるように、グローバル社会は、今まさにITを軸にした時代の大転換期にある。連載の
第104回で解説したように、今起きていることには源流がある。多くの研究者は、情報化による社会の変貌について、1990年代に注目している。
もちろん、コンピュータに代表される情報技術もインターネットに象徴される通信技術も1990年代に突如として出現したわけではない。技術開発の歴史は古く、コンピュータの商業利用は1950年代に始まり、インターネットも、その原型は1960年代末に運用が開始された(
連載の106回参照)。
それにもかかわらず、1990年代が注目される理由は「技術革新の社会化」にありそうだ。今回からは、今起きていることの源流を探るべく、経営史の大家である
チャンドラー教授が「工業社会から情報社会への転換期」と位置付けた1990年代の米国経済に焦点を当て、経済学の基本概念を解説しながら探っていこう。
サイクルとトレンド:景気循環と経済成長
1990年代の米国経済の特徴を一言で表現すると「経済再生」だ。具体的には3つの現象が見られた。第1はロング・ブーム(長期拡大)、第2は投資ブーム、第3は物価安定と低失業の両立だ。今回は、まずロング・ブームを取り上げよう。
経済活動には、好調な時(好景気)と不調な時(不景気)が波のように訪れる。景気循環(Business Cycle)とはこうした波のことだ。経済活動が最も不調の時を「谷」、最も好調の時を「山」と表現する(図1)。
谷から山への立ち上がり局面を景気回復期、その後を景気拡大期と呼び、山から谷への下降局面を景気後退期と呼ぶ。景気の谷から山を越えて次の谷までが1循環(サイクル)だ。
経済活動には、こうしたサイクルとは別の基礎的な趨勢=トレンド(Growth Trend)も備わっている。この趨勢こそが潜在成長力だ。
なぜ新興国は5%成長でも景気後退なのか
現在の先進国は好景気の時でも、経済成長率は年率2、3%程度だが、中国やインドなどの新興国は、時として10%近い成長率を実現する。日本も戦後1970年頃までの高度成長期は二桁成長が続いた。
この違いはトレンド線の傾きによるものだ(図2)。私たちが日常感じる経済活動の勢いは、サイクルとトレンドが合成されたもので、両者を識別しにくい。今の日本で3%成長といえば空前の好景気だが、中国では5%台でも景気後退と騒がれるのはそのためだ。
確かに、トレンド線を水平にして見比べると、サイクルが山から谷へ下降している様子が明瞭になる。サイクルは下降局面でもトレンドでプラスという現象は、高度成長期によく見られ、この時の景気後退は、「成長下の景気後退(Growth Recession:グロース・リセッション)」と呼ばれる。
経済をみる上で、このサイクルとトレンドの基本概念は重要だ。たとえば経済政策を考えてみよう。図3が示すように、長期的な成長力の強化につながらない目先のバラマキ政策を繰り返すと、当面の景気は刺激されても、中長期的な潜在成長力が蝕まれ、ひどいケースでは、トレンドが右下がりになりかねない。
勉強やスポーツがそうであるように、経済政策も、短期的には苦しくともトレンド線を上向きにする取り組みこそが長い目で見ると重要なのだ。
【次ページ】「アメリカの平和」を超えるロング・ブーム
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