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- 2023/10/25 掲載
シリコンバレーより「高評価」だった日本、技術開発「方針転換」に「大失敗」したワケ 篠﨑教授のインフォメーション・エコノミー(第163回)
九州大学大学院 経済学研究院 教授
九州大学経済学部卒業。九州大学博士(経済学)
1984年日本開発銀行入行。ニューヨーク駐在員、国際部調査役等を経て、1999年九州大学助教授、2004年教授就任。この間、経済企画庁調査局、ハーバード大学イェンチン研究所にて情報経済や企業投資分析に従事。情報化に関する審議会などの委員も数多く務めている。
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・著者:篠崎 彰彦
・定価:2,600円 (税抜)
・ページ数: 285ページ
・出版社: エヌティティ出版
・ISBN:978-4757123335
・発売日:2014年3月25日
「低評価」だったシリコンバレーと「高評価」だった日本
米国西海岸のシリコンバレーは、デジタル革命が進行する中で、その技術開発スタイルが高く称賛されている。その一方で、停滞が続く日本の評価は低い。だが、1980年代においては両者の評価は正反対だった。当時シリコンバレーは、小規模な新規事業の乱立、技術オリエンテッドによる製造部門や消費者との連携の弱さ、頻繁な人材の入れ替わりなどが際立った欠点だと否定的に評価されていた。これとは逆に、日本の技術開発スタイルが称賛されていたのだ。
そして、シリコンバレー地区に見られる企業家的あるいはブレークスルー的なイノベーション(entrepreneurial or breakthrough innovation)とは別のスタイルだと称賛した。この対比は、前回解説したラーニング・バイ・ドゥーイング型とイノベーション型に通じるものだ。
つまり、「ベンチャー精神」や「柔軟な労働市場」の強弱は、今に続く日米の対照的な特徴であり、この傾向が弱かった日本型のスタイルが高く評価されていたのだ。
日本の「長所」が「短所」になったワケ
このほかにも、1980年代の日米の特徴を実証的に比較検討したMansfield(1988)によると、研究開発に関しては、日本が大企業中心なのに対して米国は中堅・中小の貢献が大きく、小規模な新事業の乱立というベンチャー型に特徴があると分析されていた。技術開発のスタイルが変わらない中で、評価が正反対になったのは、この間に経済環境の変化が起きたからだ。1980年代の日本で技術開発の主軸を担った電機産業は、ズルズルと国際競争力を低下させ、その傾向はとりわけ総合メーカーで顕著だった。
アナログからデジタルへと技術体系がシフトしたことで、日本が得意としたラーニング・バイ・ドゥーイング型の技術開発よりも、米国が得意とするイノベーション型の技術開発に可能性がより大きく広がったと考えられる。
連載の第36回で解説したように、デジタル化によって代替取引やネットワークの経済性が発揮しやすい環境が生まれたことで、「小規模な新規事業の乱立」や「技術オリエンテッドによる製造部門・消費者との連携の弱さ」が、全く新しい財・サービスの創出という面で、短所から長所に逆転したのだ。 【次ページ】現場主義のラーニング・バイ・ドゥーイングが続く日本
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