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  • 2024/04/12 掲載

「200年超の謎」を大解明、京大・西村いくこ氏に聞いた「植物の不思議」な仕組みとは

連載:基礎科学者に聞く、研究の本質とイノベーション

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ゲノム編集など生命工学が目覚ましい発展を遂げる裏で、「200年超の謎」を追求してきた人物がいる。植物学の世界で次々に多くの発見をしてきた京都大学 名誉教授で植物細胞生物学者の西村 いくこ氏だ。長年にわたって電子顕微鏡などで観ることを大切にしてきた同氏は、地道に研究を続けたことで植物の不思議をいくつも解き明かしてきた。今回は、これまでの西村氏の業績を振り返りながら、成果を出すためのヒントを探りたい。
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細胞小器官の仕組みのイメージ。西村氏が追求してきた200年超の謎とは(後ほど詳しく解説します)
(出典:左図は熊本大学 資料より編集部作成、右図は西村氏提供)

植物の超重要な発見の連鎖

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京都大学 名誉教授
西村 いくこ(にしむら・いくこ)氏
1950年京都市生まれ。1974年大阪大学理学部生物学科卒、1979年同大学院博士課程修了、理学博士。1980年名古屋大学、および神戸大学の研究生、1985年フランス国立科学研究所研究員。1991年岡崎国立共同研究機構基礎生物学研究所助手、1997年同助教授、1999年京都大学大学院理学研究科教授、2016年同名誉教授。2016年甲南大学理工学部教授、2019年同特別客員教授、2021年同名誉教授。2022年奈良国立大学機構理事(非常勤)、2023年奈良先端科学技術大学院大学理事(非常勤)。2014年11月紫綬褒章。2023年瑞宝中綬章。2024年みどりの学術賞。
──(大隅基礎科学創成財団 理事 野間 彰氏)西村さんは、これまでに多くの基礎研究をされ、数ある功績を残してきました。その中でも印象的な研究についてご紹介ください。

西村 いくこ氏(以下、西村氏):心に残っているのはどれもそうですが、強いて言えば液胞の研究です。細胞の世界では昔、液胞と言えば不要になったものを集積・分解する、いわばゴミ捨て場のようなイメージでした。ですが、今では飢餓に耐えるための働きを担ったり、多様なシーンで役立つ大事な小器官だとわかってきています。

 液胞に関する研究で有名なのは、ノーベル賞を取られた大隅先生の研究が挙げられます。パーキンソン病などにも関係すると言われるオートファジー(細胞内のたんぱく質を分解する機能)の全容を初めて肉眼で観察するなど、偉業を成し遂げられました。これも液胞の研究の延長線上にあったものです。

──具体的には西村さんの液胞研究とはどのようなものでしょうか。

西村氏:ご紹介する前にまず前提として、1個の細胞内には、さまざまな働きを担う細胞小器官(オルガネラ)があります。液胞以外には、DNAが入った「核」や、エネルギーをつくる「ミトコンドリア」、タンパク質を合成する「リボソーム」、細胞内に張り巡らされた「小胞体」、この小胞体を通って合成されたタンパク質を細胞内に留めるか、細胞外に分泌するかを決める「ゴルジ体」、細胞内の余分なものや異物などを処理する「リソソーム」などがあります。

 このうち小胞体から運ばれてくるタンパク質の合成プロセスを研究し、「ゴルジ体をバイパス(う回)する液胞タンパク質の輸送経路」を発見したことが、重要な発見の1つ目です。本研究で使った材料はカボチャの種です。種は、できる過程で大量の種子貯蔵タンパク質を作ってくれるので、材料として適していました。

 電子顕微鏡で細胞を観察すると、小胞体からタンパク質を運ぶための大きな構造体(PAC小胞と命名)を作り、それが正規ルートのゴルジ体に立ち寄らずに、液胞にタンパク質を運ぶことがわかりました。たとえるなら、自転車で荷物を運ぶよりも、大型トラックが高速道路を使って運ぶほうが効率的、というようなものです。

 同じく小胞体から形成される細胞小器官を見つけてERボディと命名しました。ERボディは、当初、汎用されている教科書「Essential 細胞生物学(初版)」では葉緑体と紹介されていたのですが、それは間違いで、動物や昆虫による食害を受けたときに放出する忌避物質を生産するための酵素を大量に貯めていました。この発見を機に大学の講義では、「教科書は正しいとは限らない」という話をしていました。

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植物細胞に張り巡らされた小胞体のネットワーク(左)。葉巻型の構造体が小胞体で作られたERボディ(右)
(西村氏提供)

 実験対象を「観る」ことで初めてこのような細胞小器官や生命現象を発見できたので、とにかく自分の目で丁寧に観察することが大事だなと思います。今でも電子顕微鏡でつぶさに観察すれば、まだまだ新しいものを発見できるでしょう。

動物は「他力本願」、植物は「自力本願」の意味

西村氏:液胞の研究では、次々と新しい発見がありました。液胞プロセシング酵素(VPE:Vacuolar Processing Enzyme)の発見もそうです。植物は、種を作る一時期に大量の貯蔵タンパク質を合成して、小胞体からゴルジ体をショートカットして液胞に運び、そして液胞に着いたら、そこで成熟形のタンパク質に変えるんです。この成熟化に関わる酵素の同定は、1980年代に米国やヨーロッパの複数の研究グループと競争になりました。私たちが酵素を単離して報告した後も、認めてもらえるまで16年を要しました。

──このVPEの研究が、植物の細胞死という意外な研究に発展していくわけですね。

西村氏:動物細胞の自然死の仕組みの研究では目覚ましい発展がみられて、1993年に、実行因子カスパーゼ(Caspase)が同定されました。その直後から、植物の細胞死の研究者による「植物のカスパーゼ探し」の国際的な競争が始まり、2002年に「Do Plant Caspases Exist?」という論文がでるまで続きました。

 動物や酵母の研究で魅力的な研究が登場すると、その植物版の研究が出てくるのですが、大学の講義では、自身の研究を創るときには、「アナロジーに頼るな」、「適切な実験系を得よ」、「対象をよく観よ」と話してきました。

 私は、VPEが、植物の多様な細胞死の局面で現れることなどから、植物の細胞死の実行因子はVPEではないかと妄想していました。ここで必要なものは適切な実験系でした。丁度、そのころに移籍した京大の研究室の助教授の方がウイルスの研究者で、そのウイルス感染の実験系を導入することができました。

 植物の場合、液胞の中には分解酵素や抗菌物質が入っているのですが、葉にウイルスが感染すると、VPEが液胞の膜の崩壊を誘導して、中にある分解酵素を放出するんですね。

それで細胞の中(細胞質)で増殖するウイルスを攻撃(分解)する。でも植物細胞も死んでしまう。つまり、ウイルスに感染した細胞は、ウイルスと心中する訳です。

 この技は、細胞の外で増殖する細菌には通用しません。葉の表面に細菌が感染すると、今度は液胞内の抗菌物質を細胞外に放出するトンネルを作って、細胞外の細菌を死滅させるんです。ここでも植物細胞は細菌と一緒に心中します。

 「感染したら免疫細胞に任せておけば良い」という動物細胞の他人任せ的な生き方に対して、植物は感染したそれぞれの細胞が、自分で何とかして植物体を生かそうとけなげに働くんです。動物は他力本願、植物は自力本願ですね。 【次ページ】「200年超の謎」を解き明かした、その中身とは
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