連載:基礎科学者に聞く、研究の本質とイノベーション
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先端基礎科学者が、ビジネスにも気付きを与える研究の本質を語る本シリーズ。今回は、東京大学 定量生命科学研究所 ゲノム再生研究分野 教授 理学博士 小林武彦氏が登場する。人類の夢である不老長寿は実現するのだろうか? アンチエイジングが注目される中で、「まだ不老長寿とまではいかなくても、病気にならずに健康寿命をある程度延ばすことは、この数十年間に実現できそうです」と彼は語る。寿命に関係する遺伝子の詳しいメカニズムを解明した研究者に、不老長寿の実現可能性や基礎科学の思考方法を聞いた。
寿命を延ばす遺伝子の仕組みを解明
──(大隅基礎科学創成財団 理事 野間 彰氏)寿命を延ばす遺伝子として話題になった「SIR2(サーチュイン)」遺伝子のメカニズムを解明されました。これはどのように見つけたのでしょうか。
小林武彦氏(以下、小林氏):もともと私は、酵母菌を使った老化の研究をやっていました。マウスの寿命は2~3年なのですが、酵母菌は3日間できっちりと死ぬので、研究しやすく昔から寿命研究の対象になっていたのです。
当時、SIR2遺伝子は酵母の寿命を延ばすということで、その作用を解き明かそうと世界中の研究者が挑戦していましたが、詳しい作用メカニズムが明らかになっていませんでした。酵母菌は20回ほど分裂して2~3日で死ぬのですが、このSIR2という遺伝子を壊すと、生育は変わらないのに寿命だけが短くなるという興味深い現象が起きるのです。逆に、この遺伝子をたくさん出させると寿命が延びるので、「これは凄いぞ!」と驚いて研究を進めました(図1)。
研究の結果、SIR2には、rDNA(リボソームRNA遺伝子群)という、たくさんのコピーが含まれ、そのコピー数が変動しやすい不安定な巨大な領域を安定化させる作用があることを発見しました(図2・図3)。この壊れやすい領域が、ゲノム(遺伝情報)全体の安定性に影響を与え、寿命を延ばすことにつながっていたのです。そしてこれが、長生き効果の主要な反応経路だということを実証しました。
図2・図3:SIR2があることによって、壊れやすいrDNAが壊れずに安定化する
(小林氏提供、イメージ図)
──発見したときは、どうでしたか。
小林氏:それまで、ゲノムの一部が壊れた場合に修復するメカニズムは見つかっていたのですが、rDNAという巨大な壊れやすい領域をピタリと安定化させられるのを見たときには、本当に感動しました(前出の図3)。
さらに興味深い点は、このSIR2はヒトにもマウスにも存在することです。そこで外国のグループがマウスを使って実験しました。その結果、SIR2に相当する遺伝子を破壊するとマウスの寿命が縮み、逆にその遺伝子を出すと寿命が約20%も伸びることがわかりました。ヒトで言えば平均寿命が100歳近くになるわけです。
もちろんヒトとマウスの老化は異なりますが、SIR2がゲノムを安定化させて寿命を延ばす仕組みは恐らく共通しており、ヒトも寿命が延ばせる可能性は十分あります。すでにSIR2タンパク質の働きを強めるアンチエイジングのサプリメントの研究が進められ、実際に販売されていますね。
ヒトはなぜ老後が長い?「シニアの使命」とは
──最近の業績としては、SPT4という遺伝子のメカニズムも発見されました。
小林氏:SPT4は、SIR2とは真逆の働きをします。SIR2は反復遺伝子を守るものですが、逆にSPT4は壊しているのです。細胞は寿命が決まっていて、ある意味では仕事が終わると死にたがっています。そのために細胞を殺す遺伝子の1つがSPT4です。
生物は基本的に子孫を残すところまでは進化的に寿命が保証されています。というよりも、子孫が残せるところまで生きるものしか、生き残れないのです。したがって子育てをする生物は、子育て期までは元気で、がんなどの病気にもなりにくく、そこから先は老いて死ぬようにできています。野生の動物は普通、食べたり食べられたりの関係でつながっているので、老いた個体は生き残るのは難しいです。老いることにメリットがないのです。
ただヒトの場合、老後期間でも教育や社会制度を維持するという役割があるので、長生きになりました。生殖年齢のヒトだけでは、互いに喧嘩になり社会がまとまらないので、シニアがいたほうが有利だったのです。だから老害なんて言ってはいけません(笑)。
しかしヒト以外の生き物は、老後期間になると、速やかに死ぬようにプログラムされています。サケも川を遡上するときは絶好調ですが、放卵後1週間で急激に老化して死んでしまいます。そのほうが間違えて卵を食べたり、稚魚と競合しないからです。自分が死んで餌になる、あるいは腐って川に栄養を与えて微生物を増やすほうが、子孫にとって良い場合もあるわけで、自然の摂理なのです。
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