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日本の製造業界では今、大手メーカーを中心に工場のスマート化が推し進められている。しかし、企業によって「スマート」の捉え方が異なり、真の意味での「スマート」を実現している企業は少ないのではないだろうか。これに対し、慶應義塾大学 管理工学科 教授の松川 弘明氏は、スマート工場を実現するにはサプライチェーンの最適化が必要であり、その重要な任を負うのが「サプライチェーン・サイエンティスト」だと指摘する。一体どんな人材なのか、目指すべきスマート工場の在り方とともに解説する。
本記事は2023年9月6日開催「スマート製造への道のり~デジタル・ロボット・サプライチェーン」(主催:エンジニアリング協会)の講演を基に再構成したものです。記事の内容はイベント当時のものです。
目指すべき“真”の「スマート工場」と日本の「弱点」
他社との競争優位性を確立させるため、多くのメーカーが工場のスマート化に舵を切っている。だが、「スマート」の捉え方には、少なからず企業ごとで違いが見られる。果たして、目指すべき“真”のスマート工場とはどのようなものなのか。
この点について、慶應義塾大学 管理工学科 教授の松川 弘明氏は、「自律化」「同期化」「最適化」を同時に満たす全体最適化の仕組みをスマートと定義する(図1)。
「これを私は『知能化』と呼んでいます。これは、人の判断も含めた、あらゆる状況での動的最適化を図ることであり、パターン処理のAIとは決定的に異なります。(先述の)3条件を満たすことが知能化の必要条件であり、これらに加えた『効率の最大化』『進化の仕組み』も満たせば必要十分条件をクリアできます」(松川氏)
松川氏の提示するスマートは、化学業界でかねてから提唱されてきた、将来的な工場の在り方を考えるコンセプト「セルフ・オプティマイジング・プラント」に類似している。このコンセプトは、極めて複雑なプロセスを「機能」の集合と捉えつつ、デジタルによって最適化を目指すというものだ。近い将来の人手不足解消に向けても、その実現が期待されている。
ただし、現状の日本企業のスマート工場を見る限り、実現はまだ先になりそうだ。松川氏によると、スマートは「IT」「OT(Operation Technology)」「MT(Management Technology)」の3つにより成立する。日本企業の場合、このうちのMTが弱いという。
「全体をマネジメントする人材がいないとの声をしばしば耳にします。しかし、現状を打開するためには、全体最適、工場のサプライチェーンの最適化を推し進めるための策を、何としても見いださなければなりません」(松川氏)
3つの能力を備えた人材「サプライチェーン・サイエンティスト」
日本では、産業競争力の強化に向けて、2013年に「
産業競争力強化法」を制定した。そこで興味深いのは、ほぼ同時期にドイツが、同様の狙いで「インダストリー4.0」を国策として掲げたことだ。
「インダストリー4.0の背景に米国の超巨大IT企業の存在があることはほぼ間違いありません。だからこそ、対抗策として必要なバリューチェーンとエンジニアリングチェーンの双方の変革という大規模プロジェクトに国として乗り出したわけです」(松川氏)
対して日本。加速するグローバル競争を生き抜くために、工場のスマート化が急務となっている。「より効率的かつ日々進化する工場を目指すためにも、スマート工場へのさらなる投資が必要です。その上で、調達や社内物流も含めたサプライチェーンの全体最適をどう図るかが、今、我々に問われています」と松川氏は訴える。
この重要な任を負う人材となるのが、松川氏の造語で、次の3つの能力を兼ね備えている人材の「サプライチェーン・サイエンティスト」だ。
- (1)原理原則の力を用いてシステムを分析する能力
- (2)サプライチェーンの問題分析能力
- (3)サプライチェーンのシステム設計能力
中でも、今の時代にとりわけ求められている能力が(1)の「原理原則の力を用いてシステムを分析する能力」なのだという。ではなぜ原理原則が大切なのだろうか。松川氏が第1次産業革命を引き合いに出しつつ次項で説明する。
【次ページ】第1次産業革命に学ぶ「原理原則」の大切さ
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