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- 2012/02/28 掲載
IT革新と企業再編と法改正の密接な関係:篠崎彰彦教授のインフォメーション・エコノミー(39)
グーグルはなぜM&Aを繰り返すことができるのか
商法改正の原動力となった1990年代の情報化
パソコンとインターネットが急速に普及した1990年代後半から2000年代にかけて、日本では商法改正が相次いだ。これは、明治期、昭和恐慌期、敗戦直後に続いて「近代日本における4度目の大きな立法の時期」とされる(注1)。注目されるのは、この大改革について多くの法律家が「情報化」を重要な要因の一つに指摘していることだ。たとえば、土岐・辺見(2001)では次のように述べられている。「近年、とりわけ激しさを増した企業間の国際的な競争、そしてインターネットを始めとするコンピュータ、情報通信技術の発展に伴う経営判断の迅速化の流れのなか、経済界からは企業組織の再編成をより簡易に行い得る制度の整備が求められていた」
商法は、企業行動の基本となるルールだが、その大変革がなぜ2000年前後にわき起こったのだろうか。その手がかりになるのが「情報費用」だけでなく「制度費用」の面からも市場を定義する「取引費用」の枠組だ。なぜなら、ふたつの費用のバランスを通して、IT革新が制度問題に及ぶ理論的な基盤を与えてくれるからだ。
ITが「市場」に及ぼす影響の「非対称性」
前回解説したように、市場メカニズムを利用するための費用、すなわち取引費用には、検索、調査、監視などのように、「情報」の性格が強いものと、交渉、契約、紛争解決、情報開示など法律や会計といった「制度」に強く関わるものとがある。もちろん、具体的な場面では、どちらか一方に二分してしまえる性格ではない。たとえば、情報費用としての性格が強い検索や調査についても、共通の会計制度による収益情報の提供や、事業の許認可による制度の整備で一定の質が保証され、そのシグナリング効果(第6回参照)が取引費用を引き下げると考えられる。他方で、紛争解決という法律的な問題は司法など制度費用の典型であると同時に、過去の判例や法規則の開示という意味では、情報費用的な性格も有している。
大切なことは、「情報処理機構」であると同時に「制度的な存在」でもある「市場の二面性」が、ITの影響という点では非対称性をもつことだ。確かに、ITの進歩と普及によって、情報費用は飛躍的に下がり、市場が機能する領域は拡大するが、制度費用については、必ずしも自動的に低減するわけではない。
むしろ、IT革新で広がったフロンティアの領域では、既存の制度が新しい活動の障害になったり、制度の空白が生じたりして、制度変更や新制度の設計という追加的な調整費用が生まれやすい。それがボトルネックとなって市場の機能に混乱が生じれば、情報費用と制度費用のバランスが崩れ、取引費用は高くなってしまう。つまり、IT革新で情報費用と制度費用に不均衡がうまれ、経済システムに制度改革を求める力学が働くのだ(図表2)。
【次ページ】IT革新と企業再編と法改正の密接な関係
注1 岩原(2000)参照。
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