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  • 2013/01/16 掲載

セキュリティ需要がもたらした新たな生産性パラドックス:篠崎彰彦教授のインフォメーション・エコノミー(50)

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いつでも、どこでも、誰でも、何でもがデジタル化されネットワーク化される「ユビキタス社会」では、ITの導入と利用が企業、家計、政府の3主体それぞれに独立したものではなく、緊密に相互関係化していく。その中で、利用者が端末や媒体を自由に選択するため、旧来の垣根を越えた事業展開が促されている。また、PCはもちろん、スマートフォンやタブレットなどへのセキュリティ対策の費用増大が生産性パラドックスを再来させるなど、新たな課題も生まれている。

ユビキタス社会とは何か

これまでの連載一覧
 前回みたように、インターネットとパソコンが牽引役となって企業部門にITの普及が「偏在」(かたよって分布)した1990年代とは異なり、2000年代以降は、家計部門や政府部門を含めた全経済主体に情報技術が「遍在」(まんべんなく分布)する時代を迎えた。

 ちょうどその立ち上がり期にあたる2000年代序盤の日本では、DVDプレーヤー、デジタルカメラ、薄型テレビなどのデジタル情報家電や、音声だけでなく電子メールや画像にも対応できる多機能な携帯電話の普及が新しいタイプの情報化として注目されはじめた。身の回りに存在するあらゆるものがデジタル化され、かつ、ネットワーク化されるという「ユビキタス」社会への関心の高まりである。

 ユビキタス(ubiquitous)とは、「どこにでも存在(=遍在)する」という意味のラテン語で、「コンピュータによる接続と情報処理が至るところで可能になること」を提唱した米国ゼロックス社パロアルト研究所のMark Weiserが、それを“ubiquitous computing”と称したのがIT分野での始まりとされる(注1)。超小型のコンピュータ(情報処理ICチップ)があらゆるものに組み込まれ、ブロードバンドとモバイルの環境下で「いつでも、どこでも、誰でも、何でも」がネットワーク化される社会を意味する概念だ。

セキュリティ需要の増大がもたらした新たな生産性パラドックス?

 ユビキタス社会とは、ITの影響力が企業部門から家計部門や政府部門に「とってかわる」社会ではない。企業部門に「加えて」家計部門や政府部門までもが情報化の脇役ではなく主役として登場する社会だ。重要なことは、これによって経済社会に与えるITの影響がこれまでとは異なってくるという「変化」の認識だ。

画像
図表1 1990年代とユビキタス社会の違い

 セキュリティ需要の増大はその典型だ。1990年代のPCでは一台ごとにセキュリティ対策ソフトを導入することはあまり意識されていなかった。しかし、現在では、個人のPCはいうまでもなく、スマートフォンやタブレットにもセキュリティが必要になっている。

 企業内のシステム部門によって高度に管理され、制限された空間に「偏在」していたITが、ユビキタス時代には、身近な存在となったため、セキュリティという新たな問題が生まれ、関連する財・サービスへの需要が増大するわけだ。

 セキュリティ需要増大の背景には、ブロードバンド化、モバイル化、大容量記憶装置の小型化によって、大量の情報が瞬時に転送、複写可能となり、また、それらの情報が気軽に日常空間に持ち運び可能となったことが影響している。その結果、情報の紛失、漏えい、不正利用のリスクが一段と高まり、社会問題化している。

 問題は、この種の需要増大がIT導入に際しての新たな費用負担となっていることにある。ITの導入でセキュリティ対策費が必要になるということは、利便性や満足度など「利用効果」との兼ね合い次第では、「果たして本当にこれらのIT導入にメリットがあるのか?」という疑問が生じ得る。これは、連載の第14回から15回で解説した、情報化はコスト増加に過ぎず生産性の向上に寄与していないのではないか?という、一旦は解消したはずの「生産性パラドックス」の再来といえそうだ。

【次ページ】新たな需要は既存の業界の垣根を超える

注1 坂村(2002)p. 12 参照。
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