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経済政策の目的は多岐に及ぶが、三大目標といえば、雇用創出、物価安定、生産性向上だろう。ただし、これらを同時に達成するのは容易なことではない。その点で、“The soundest decade(最も健全な10年)”と称されるクリントン政権下の米国経済は、IT投資をテコに三大目標を全てクリアした稀有な例だ。今回はフィリップス曲線のトレード・オフ問題を解説しながらITの果たした役割を考察しよう。
経済政策の究極の目標は何か?
政府・中央銀行は、日々さまざまな経済政策に取り組んでいる。その目的は多岐に及ぶが、突き詰めると雇用創出、物価安定、生産性向上といえるだろう。これらは、
前回と
前々回に解説したマクロ分析の枠組みで捉えるとわかりやすい。
マクロ分析では、経済現象をトレンド(成長)とサイクル(循環)に整理すると解説した。このうち前者の原動力は生産性向上だ。これはまさに一人当たり所得の上昇であり、世代を超えて豊かさを引き継ぐための究極の政策目標だ(図1)。
景気動向で注視される二つの経済指標とは?
もう一つ、足もとの経済政策で重視されるのは景気動向だ。具体的な目標としては、着実な景気拡大による「雇用創出=失業率低下」と「物価安定=インフレーションの抑制」を掲げることが多い。たとえば、米国では、中央銀行にあたるFRS(連邦準備制度)に「物価安定」と「雇用最大化」が二つの使命(デュアル・マンデート)として課されている。
まず、雇用創出について考えると、そもそも雇用がなければ所得が生まれず、所得が生まれなければ購買力=需要も生まれない。これでは、繁栄どころか社会は不安定化する。それゆえ、社会の安定を目指す政策当局は失業率に注視し、その低下を目指すわけだ。
ただし、失業率の低下を目指すあまり、経済の実力(ファンダメンタルズ)以上に景気を刺激すれば、オーバーヒートしてインフレーションに陥ってしまう。一種の暴走状態だ。人間も無理をすると熱を出して寝込んでしまうように、経済も無理をすると持続可能ではない。息を止めて50メートルは走れても、1500メートルは走れないのと同様だ。
ひとたびインフレーションが加速すると、人々の購買力は損なわれ生活が窮乏化してしまう。このため、「経済の体温計」といわれる物価指数は、失業率と並ぶ重要な経済指標として、政策当局も注視し、その安定が重要な政策目標となっているのだ。
フィリップス曲線のトレード・オフ問題:両立が難しい物価の安定と失業率の低下
厄介なことに「物価の安定」と「失業率の低下」は両立が難しい。
連載第108回の図4で示したとおり、景気拡大は失業率の低下をもたらすが、度を過ぎるとインフレーションの加速を引き起こす。逆に、物価を抑制しようと引き締め政策をとれば景気が後退し、失業率が上昇してしまう。
こうした「彼方立てれば此方立たず」の負の相関関係を「トレード・オフ」と呼ぶ。物価と失業の関係はその典型で、1862~1957年の英国データを用いてこの関係を示した経済学者A.W.フィリップスにちなんで「フィリップス曲線」と呼ばれる(図2)。
インフレーションを防ぎつつ雇用を増やすことが経済政策の目標とすれば、物価上昇率と失業率を示すグラフの座標で、原点に近い左下が望ましい状態といえる。逆に、座標の右上は、失業率が高い上に物価上昇率まで高いという悲惨な状態だ。
それでは、トレード・オフ関係を乗り越えて左下の状態へと導くには、どうすればよいのだろうか? 次にこの点を考えてみよう。
【次ページ】トレード・オフ問題を克服したIT投資
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