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- 2021/04/20 掲載
バブル期に日本企業が大成功できたワケ、日本的雇用と取引はどう機能していたのか? 篠﨑教授のインフォメーション・エコノミー(第133回)
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バブル経済のピークに公表された「経済白書」
「白書」では、1980年代までの日本経済の「構造、体質、システム」を包括的に検討し、ジャパン・アズ・ナンバーワンの「好成績」を生んだ要因が分析されている。公表されたのは、バブル経済のピークにあった1990年8月だ。
全3章立てのうち第2章が「日本型システム」の分析に割かれている(本文のページ数で392ページ中113ページの分量)。それによると、日本経済が2度の石油危機を乗り切り、プラザ合意後の大幅な円高にもうまく適応できた要因は、新しい技術体系を速やかに取り入れることが可能な日本の企業・経済システムにあったとされる。
つまり、当時の日本は「技術革新が得意」だったと評価されていたのだ。
日本経済が成長した3つの理由
長期にわたり途切れることなく刊行されてきた各種の白書は「不易と流行」を凝縮した貴重な資料だ。その意義は、(1)継続的な視点で過去から現在への動向が追えること(不易)と、(2)その時々で注目された出来事を、後知恵でなく、その当時の実感と熱量で読み取れること(流行)だ。「白書」の分析がなされた時代背景をみておくと、株式市場では1989年12月に日経平均株価が過去最高値をつけた直後で、1986年11月の谷から上昇していた景気循環が1991年2月にピークを迎える直前だ。
当時は、それまで戦後最長だった高度成長期(1960年代後半)の「いざなぎ景気」を超えると期待されていた。長期拡大の絶頂期に公表された白書のため、日本経済の特徴をやや楽観的に過大評価しているきらいもある。
逆にみると、1990年代以降の低迷を踏まえた「後講釈」の修正が加わっておらず、「成功する日本経済の特徴」について、それまで蓄積された研究成果や多面的議論が強調的に抽出(=ハイライト)された1つの典型と言える。
「技術開発と日本経済の対応力」と題された第2章では、日本経済の好成績について、景気拡大が長期化したという短期的成果、高い技術水準の達成という成果、石油危機や円高に柔軟に適応したという長期的成果の3点に整理している。
その上で、この好成績は(1)技術開発力に負うところが大きく、(2)技術開発力の源泉は、日本の企業・経済システムにあり、(3)それは合理性と普遍性を有する、と論理展開され、企業内と企業間のシステムに整理して、その特徴が分析されている。
【次ページ】企業内の「日本的雇用」はどう機能していたのか
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