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今や世界を先導するインドの情報産業だが、価値の源泉となる人材の確保はどうなっているのだろうか。インド大手のタタ・コンサルタンシー・サービシズ(TCS)やビッグデータ解析の新興企業ミュー・シグマ(Mu Sigma)への聞き取り調査でわかったのは、意外なことに、中途採用による優秀な人材の引き抜きではなく、新卒者の採用と社内研修を重視している点だ。この傾向は最先端を走る企業ほど強いようだ。今回はこの点を報告しよう。
グローバル市場を舞台にノウハウ蓄積
IT関連の領域では、単に工学的な意味での技術開発だけでなく、ビジネスモデルや新サービスの開発においても、次々にイノベーションが生まれている。変化の激しいこの領域で、インドの情報産業は世界の先進企業向けにサービスを供給し続けてきた。
その結果、知識、経験、技能とそれを支える人材の育成、変化への対応力などが、いわば無形資産として集積されてきたようだ。
インドを代表するIT企業のタタ・コンサルタンシー・サービシズ(TCS)は、米国ニューヨークを拠点とするUnion Dime Saving BankのIT子会社(Institutional Group Information Corporation)が手がけたプロジェクトで、既に1980年代から、時差を活用した24時間体制のシステム開発法を編み出していた。オフショアリングの先駆けだ。
当時のITといえば、世界の金融機関が主要ユーザーだ。TCSは、その後もSwiss National Bankのプロジェクトやスイスの決済システム開発(SEGA)などで実績を重ね、オフショアリングに磨きをかけた。
1990年代に入ると、母国インドでNational Stock Exchangeの決済システム開発に携わり、複数のグローバル企業からハードウェア、ソフトウェアの提供を受けてプロジェクトを統括するシステム・インテグレーター(SIer)のノウハウも吸収した。
世界のビジネスモデルがインドに集積
こうしたシステムの開発とその運用を一手に引き受ける過程で、TCSは欧米企業の業務プロセス、経営戦略の立案、その実現に向けた情報システム、企業研修、人材開発のノウハウをグローバル規模で学ぶことができた。
そして、今では立場が逆転し、クラウド・コンピューティングやビッグデータといった先端技術を武器に、世界各国の企業がどのような仕組みでグローバルに事業展開すればよいか、経営戦略の提案から実現までのノウハウを提供し、支援する側に立っている。
ムンバイでインタビューしたVish Iyer 副社長によると、その内容は「インフラやシステムの構築、応用ソフトの開発、業務運営の手法と人材研修プログラムに至るまで」多岐に及ぶ。
技術とノウハウを梃子にグローバル企業にふさわしい仕組みを一体的に提供・支援する総合IT企業として、世界46カ国で34万人の従業員を擁し、売上高で世界第5位、純利益ではIBMに次いで世界2位の業容を誇っている。
IoTの研究開発は自社が実験台
TCSが運営する22か所の「イノベーションラボ」では、業種別に将来ビジョンを描き、研究開発に取り組んでいる。注目されているIoT関連の拠点は、ムンバイ近郊のプネ・センターおよびインド東部の主要都市チェンナイ(マドラス)・センターだ。
チェンナイセンターは、インド全土に74カ所あるTCSのオフィスをモニターし、電力の消費パターンを管理するなど、自ら率先して実験台となり、その知見をシステム開発に活かそうとしている。
研究開発の一部はCSR(Corporate Social Responsibility)の意味合いもあるようだ。農業人口が5割を超えるインドの事情を踏まえて、田植えの時期や雨量等のデータに簡単にアクセスできる農家用のアプリを作り、国内で広く利用されているという。
こうした自社での研究開発に加えて、世界各地の大学等との共同研究開発にも熱心だ。シンガポール・マネジメント大学と取り組んでいるのは、介護の情報化で、これは、東アジアを中心に高齢化する社会の将来像を視野に入れた研究といえる。
実践的ノウハウの蓄積、内外の社会的課題、将来の社会像など、分野的にも、地理的にも、時間軸的にも多様な観点で研究開発が行われている。
中途採用でなく新卒者の社内育成が主流
意外だったのは、事業の核となる人材の確保策だ。世界を舞台に最先端のプロジェクトを手がけるには、即戦力を求めてグローバルに有力人材を引き抜くなど、中途採用に熱心なのかと尋ねたところ、「大学の新卒採用が主流で中途採用は例外的」との返答であった。
確かに、前例のない最先端のプロジェクトであれば、ふさわしい能力の人材はどこにも存在しないため、外部から即戦力で確保するのは難しい。そこで、TCSは離職率10%の前提で毎年採用計画を立て、社内の実情に合わせて、配属と育成に取り組んでいるという。
つまり、即戦力を外部に探し求めるのではなく、イノベーションに取り組みたいという潜在力のある若い人材を採用し、内部育成する仕組みがメインなのだ。
平均年齢26歳(最も若い社員は22歳)という若い社員向けに多様な実務体験の機会を与えることが大切だとして、技術的な研修だけでなく、担当の業界事情にも詳しくなるよう、業種別の社内研修を充実させ、社内の認定試験制度を整えている。
ビジネスと大学院の役割を兼ね備える企業
人材構成の基本は、若手社員を実践的な事業プロジェクトに参加させ、売り上げと利益に貢献してもらいながら、計画的に経験を積み重ねていくスタイルだ。TCSでの勤務経験が10年あれば、最低でも2業種の実務経験と2カ国での海外勤務経験ができるのを理想としている。
ただし、新卒採用と社内研修の重視とはいえ、終身雇用型に人材を囲い込んでいるのではなさそうだ。最低年齢と平均年齢から単純に逆算すると、30歳を過ぎた頃には、社外に転職することになる。これは離職率10%とも整合的だ。
その意味では、利益を追求する企業であると同時に大学院博士課程の役割も担っているといえる。若手を採用して実践的に研修することで、最先端のビジネスを開拓するとともに、優れた人材を業界に輩出し続けており、まさに「教育市場と労働市場の連携」そのものだ(連載の
第47回 参照)。
当然ながら、優秀な人材でマネジメント能力があれば、その後もTCSの経営中枢へと昇進し、次々に入社してくる若い人材の能力を引き出して、新領域のプロジェクトに邁進していく。これがTCSの発展の原動力なのだろう。
【次ページ】新卒採用判断に用いられる「4つの指標」とは?
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