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- 2023/03/15 掲載
まるで日本経済の「写し鏡」、モデルナ生んだボストン地区に今こそ注目すべきワケ 篠﨑教授のインフォメーション・エコノミー(第156回)
復活した「地球上で最も革新的な一画」
第153回の連載で解説したとおり、米国東海岸のルート128は、IT革命の中でシリコンバレーと明暗を分け、いったんは衰退した。だが、イノベーションの舞台がバーチャルとリアルの融合した世界へと相転移する中、今では活気を取り戻している。ルート128を形成する東海岸エリアには、ハーバード大学、MIT(マサチューセッツ工科大学)、ボストン大学など核となる多彩な大学のキャンパス群が存在し、コンパクトなエリア内に異なる特徴のミニ・エコシステムが集積している。
こうした地域の特徴を背景に、地理的、歴史的背景で育まれたリアルな技術開発の領域で、課題解決に向けた実践的なイノベーションが湧き起こったのだ。コロナ禍におけるモデルナ社の躍進は、その象徴といえるだろう。
同社の本社やMITが所在するケンブリッジ市の街路には、「地球上で最も革新的な一画(Most Innovative Square Mile on the Planet)」と記載されたモニュメントがさりげなく設置されている(図表1)。
ルート128の歩みは日本経済の「写し鏡」だ
そもそも、シリコンバレーと並ぶハイテク産業の2大拠点と称されていたルート128がIT革命下の1990年代に衰退したのは一体なぜだったのだろうか。両地域を比較分析したSaxenian(1994)によると、ルート128では保守的な大企業が技術を自前主義的に抱え込む一方で、政治力を頼りにワシントンへ過度の傾斜を進めたからだとされる。この点は、連載の第153回で解説したとおりだ。
この見立てによれば、1990年代にみられたシリコンバレーとルート128の明暗は、同じ時期にみられた日米経済の明暗とうり二つだ。そうだとすれば、その後のルート128の復活は、日本経済の再生に向けた手掛かりになるかもしれない。
ルート128の復活は、新たなデジタル化によって、リアルと融合した「ウェットラボ」の領域に可能性が広がっていることが一因だが、これは日本が得意とする技術開発の領域といえそうだ。
実際、ノーベル賞で多くの日本人受賞者を輩出している分野は、化学賞や生理学賞などリアルな装置や器具、化学品や試薬を使用する「ウェットラボ」の領域だ。また、過去を振り返ると、1980年代の日本は、ルート128と同様に、「エレクトロニクス革命」で世界最先端の地として脚光を浴びていた。
デジタル化の波がリアルな領域に押し寄せているならば、日本にも可能性が及んでいると考えてもおかしくはない。その意味で、過去30年間のルート128の衰退と復活の道筋は、日本経済の写し鏡として、課題と可能性を考える際に極めて興味深い。 【次ページ】日本がかつて電子機器で優位だったのはなぜ?
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