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技術体系がシフトするイノベーション時代は、新旧のS字型発展軌道が入れ替わる。日本経済は、こうしたダイナミックな転換局面を迎えているのだろうか。今回はノーベル経済学賞を受賞したクライン教授のモデルをもとに、S字カーブの転換期には、どのような概念が有効かを考えてみよう。
転換期こそ増勢が強まる企業投資
連載の第118回で述べたように、技術革新と経済発展を長期の時間軸で観察すると、単調な右上がりではなく、S字型の発展軌跡が描かれる。重要なのは、新旧の技術体系がシフトし、S字カーブが入れ替わる局面だ(連載の第118回図2参照)。
旧来の技術体系を基盤とする経済活動は、成熟期を迎えて勢いを失い、ヒト、モノ、カネの経済資源を追加的に投入しても、そこから得られる付加価値の増分は次第に小さくなる。S字カーブがフラットになる「収穫逓減(しゅうかくていげん)」の局面だ(図1)。
一方、技新技術にドライブされた新しい軌道では、さまざまなイノベーションの連鎖によって、追加的な投入から大きな収穫が得られるようになる。S字カーブが鎌首をあげるように急上昇する「収穫逓増(しゅうかくていぞう)」の局面だ。
この局面では、新技術を体化した有形、無形の資産に意欲ある企業が積極的な投資を行う。そうした企業が群を成せば、経済全体に投資の増勢が連鎖しマクロ経済は活況を呈する。
1990年代の米国経済はその典型だ。現在注目されているデジタルトランスフォーメーション(DX)でも、新技術を取り入れた企業のさまざまな投資行動が生まれており、その兆しが表れているのかもしれない。
S字型経済発展のエンジンは何か
その一方で、日本は今や人口減少期に入っており、新たな企業投資は不要であるとの声があるのも事実だ。確かに、市場が縮小し将来の需要増加が見込まれなければ、企業の投資行動は慎重にならざるを得ない。
企業投資は「現在」の「需要」として足元の景気を力強く押し上げる反面、「将来」は「供給力」にもなるため、過剰投資は需給バランスを崩し大幅な景気調整を招く。投資の二面性と呼ばれるこの性質こそが中期の景気循環(
ジュグラーサイクル)を生み出す要因だ。
だが、企業の投資行動は、こうした中期の景気循環のみならず、より長期の発展基盤を方向付ける重要な役割も担っている。それこそが、革新を取り込み、さまざまな制約条件を乗り越えてフロンティアを切り拓く「経済発展のエンジン」としての役割だ。
ふり返れば、1970年代から1980年代にかけての2度の石油危機は、天然資源を海外に依存する日本経済に深刻な影響を与えた。ところが、「資源の制約」に直面して、企業レベルでは省エネルギー対策で、産業レベルでは重厚長大型産業からハイテク産業への構造転換で、閉塞状況を打破し、将来を切り拓く投資が増加した。
こうした企業の果敢な投資行動は、短期の需給バランスや中期の景気循環だけでは測ることのできない長期の繁栄と活力の源泉だ。その連鎖がS字カーブの上昇軌道となり、経済を次の発展ステージへと押し上げる。
経済分析にDXをどう織り込むか
クライン教授ら日米の経済学者グループによる共同研究では、新旧のS字カーブを視野に入れて、成熟した既存経済と勃興する新経済が並存するクライン型の経済モデルで実証分析がなされている。今風にいえばDXを織り込んだ分析といえるだろう。
経済学では、企業の投資で蓄積された有形・無形の資産を「資本」と総称し、人間の知力・筋力を投下する「労働」と有機的に結びついて財・サービスが産出されるようにモデル化するのが一般的だ。
クライン型モデルの特徴は、第1に資本を新旧に2分したこと、第2に労働について量だけでなく質も考慮したこと、第3に収穫逓増を織り込んだことの3点だ。資本については、一般資本と情報資本に2分し、前者は成熟した既存の経済体系を、後者は情報革命で勃興する新しい経済体系をそれぞれ体現している。
労働に関して、単なる人員の投入量だけでなく、人材の質を考慮したのは、「
農業の時代」は肥沃な土地が、「
工業の時代」は充実した資本設備が、それぞれ富の源泉となる一方、「
情報の時代」は知識、創意、思考力こそが
富の源泉となるからだ。
同じ労働力でも、計算能力や読み書きさえ充分でない人員と、基礎教育から高等教育まで充分な知的訓練が積み上げられた
頭脳労働=人的資本とでは、自ずと「生産力」が異なる。単に頭数さえそろえればいいわけではないのだ。
【次ページ】ノーベル経済学賞の頭脳が描く分析モデルとは
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