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マーケティングの世界では、新製品や新サービスが一気に普及するか否か、「構造変化点」への関心が大きい。イノベーション普及との関連で注目されるのは、アーリー・アダプターとアーリー・マジョリティの間に横たわるキャズムだ。では、本当に新製品や新サービスがキャズムを越えると普及は一気に「加速」するのだろうか? 今回はモバイル通信のグローバルな加入データを用いた構造変化点分析の研究成果をもとにキャズム理論の妥当性を検証してみよう。
キャズムを越えると普及は本当に「加速」するのか
前回解説したように、ロジャーズのイノベーション普及理論では、新製品や新サービスは、イノベーター、アーリー・アダプター、アーリー・マジョリティ、レイト・マジョリティ、ラガードの順にS字カーブを描きながら、社会に受け入れられていく。
もちろん、すべての新しい財サービスがこの軌跡で社会に普及するわけではなく、多くは早い段階で姿を消してしまう。イノベーターやアーリー・アダプターなど革新的嗜好をもつ少数の人々と社会の大宗を占めるマジョリティとの間には、越えることが困難な深い溝が存在するからだ。これがムーア(Moore 1991)の唱えた「キャズム」だ。
もし、キャズムを越えた時点で社会への受け入れが急速に進むなら、普及率は単調な右上がりから一気に上昇角度を変えて「加速」するはずだ。これはキャズムを境に普及率上昇の軌跡に「構造変化」が起きていることを意味する。
とはいえ、モバイル通信の普及曲線は、前回みた通り国や地域によって形状が異なっている。果たして、キャズムを境に「構造変化」は生じているのだろうか?
今回は、178カ国・地域のデータを用いた実証分析結果を踏まえて、マーケティングの世界で関心の高いキャズム理論が現実に照らして妥当なのかを検証してみよう。
構造変化点分析とは
モバイル通信は先進国が1990年代半ばから後半にかけてキャズムを乗り越えた後、ASEAN、BRICS、移行経済は2000年代初頭に、最も遅れたアフリカも2005年頃にはキャズム越えを達成した(図表1)。これは既に前回解説したことだ。
地域毎にタイム・ラグはあるものの、先進国以外の多くの国や地域でも、2000年代の半ばまでにキャズムを乗り越え、2010年代に入る頃には、モバイル通信の普及が過半を越える水準に達したといえる。
ここで重要なのは、キャズムを越えたタイミングで普及率の「加速」が起きているか否かだ。山崎大輔九州大学准教授と筆者は、世界178カ国・地域を対象に「構造変化点分析」という統計手法でこの点を検証した(2021年9月社会情報学会[SSI]報告)。
「構造変化点分析」とは、時系列のデータがある時点を境にトレンドの変化や水準の変動などを起こしているとき、その変化点(構造変化点)を統計学的に特定化する推定手法だ。最近では気候変動の分析などに応用されている。
【次ページ】モバイル普及について「Sカーブ」「キャズム理論」は実証できるか?
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