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  • 2025/01/17 掲載

知られざる「生物の神秘」、東大・三浦正幸教授に聞いた「細胞死」という謎現象

連載:基礎科学者に聞く、研究の本質とイノベーション

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どうやってサナギから蝶などの成虫になるのか、どうやって身体は組成されるのか。生物の体づくりに深く関わる神秘的な生物学的プロセス──それに関わるのが「プログラム細胞死」だ。細胞が増えると同時に発生で不要になった細胞をそぎ落とすこの過程は、より環境に適応した生体を形づくるとされている。プログラム細胞死とはどのような現象か、そして生物にどのような影響をもたらすのか──哺乳類の細胞死遺伝子を世界に先駆けて発見した東京大学 大学院薬学系研究科 遺伝学教室 教授の三浦 正幸氏に、その不思議な仕組みについて話を聞いた。
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生物の身体がつくられる不思議なプログラム細胞死の仕組みとは(後ほど詳しく解説します)

削って形をつくる「細胞死」の不思議

──(大隅基礎科学創成財団 理事 野間 彰氏)まずは三浦さんの研究内容について、紹介をお願いします。

三浦 正幸氏(以下、三浦氏):私の研究領域は、発生生物学と言われるものです。どのようにして受精卵から動物の頭や四肢、脳や心臓などが形成されるのか、といった内容を追究しています。

 受精卵と同じ遺伝子型の細胞が分裂を繰り返して増殖しますが、そのうち細胞が移動したり、さまざまな種類の細胞が生み出されて体が形成されるダイナミックな生命現象が発生です。生まれてからは、体は成長して老化していきます。生後に時間と共に体が変化してく過程も発生と似たところがあると考えて研究を進めています。

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受精卵から様々な細胞が生み出される発生過程の流れ
(三浦氏提供、ギルバート発生生物学第10版、阿形清和、高橋淑子 監訳、メディカル・サイエンス・インターナショナルからの引用)

──そうした研究テーマの1つでありこれまで多くの発見をされているのが今回のテーマでもある「プログラム細胞死」ですが、そもそもこれはどのようなものなのか簡単に教えてください。

三浦氏:“プログラムされた細胞死”は「アポトーシス(apoptosis=apo+ptosis=離れて落ちる)」とも呼ばれていています。これは落葉を指しており、木々が四季の巡りの中で生々流転する中で観察されます。体がつくられていくときに、細胞が増えてから神経や筋肉など特定の役割を持つ細胞がつくられるというのは皆さんイメージできると思いますが、体では細胞が増えると同時に多くの細胞が死んでいくという現象があるんです。

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東京大学 大学院薬学系研究科 遺伝学教室 教授 三浦 正幸氏
1960年生まれ。1988年大阪大学理学研究科の博士課程修了。1988年日本学術振興会特別研究員、1989年慶應義塾大学医学部助手、1992年NIH(米国立衛生研究所) Fogarty International Research Fellow、1995年筑波大学基礎医学系講師、1997年大阪大学医学部助教授。2001年理化学研究所脳科学総合研究センターチームリーダーを経て、2003年から現職。

 たとえば、よく発生生物学の教科書にも出てくる鶏の足の形成について。鶏の足がつくられていく過程で、始めは団扇(うちわ)のような足指の分岐がない姿をしていますが、徐々に指と指の隙間が削られていって、後に誰もが知る鶏の足が完成します。これがプログラム細胞死の1つの典型例です。

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鶏の足はプログラム細胞死によって形づくられ、アヒルの場合は水かきが必要なためそれが起きない
(三浦氏提供、ギルバート発生生物学第10版、阿形清和、高橋淑子 監訳、メディカル・サイエンス・インターナショナルから改変)

 一方、アヒルのような水鳥だと、水かきがないと泳げないですから足が形成されていく過程では指間のプログラム細胞死が起きません。

 このように生き物って、1つの構造物がつくられていくときに、まずはつくってから後で不要な箇所を削っていく、ということをよくやるんですよ。その方が恐らくうまく調整もできて、より良い構造物ができるという仕組みではないかなと考えています。

 別の例として、生物の1つの構造物である脳がつくられる際も、かなり多くの細胞死が起きます。アポトーシス(細胞死)不全となれば、神経管の閉鎖がうまくいかず、脳室も拡張されずに脳形態の異常を引き起こします。発生での体つくりは決まったスケジュールで次々に進行します。アポトーシス不全で神経管閉鎖が少し遅れることが、発生の緻密なプログラムを乱してしまうのです。

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アポトーシスが生じることによって神経管の閉鎖が進められる
(北海道大学 山口良文氏提供)
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アポトーシス不全マウス胚では神経管閉鎖が遅延する(ライブイメージングは上部で視聴できます)
(北海道大学 山口良文氏提供)

 細胞が増えるだけでなく、いいタイミングで死ぬことが大事なのです。体が作られるために細胞が死んでいく。とても興味深いですよね。失われる細胞は何か積極的に周りに働きかける役割があるんじゃないかな、ということでいまも研究をしています。 【次ページ】世界初、哺乳類で「細胞死」観察
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