- 2013/07/04 掲載
【西田亮介氏インタビュー】ネット選挙解禁で注目すべきポイントはどこにあるのか?(2/2)
日米の価値観の違いは選挙制度にも反映
──そういう本質的な議論がなおざりにされているけれども、実はネット選挙の解禁というのは、日本の選挙制度に対する価値観の転換を意味する非常に大きな変化だ、というのが西田さんの主張ですね。西田氏■ネット選挙の解禁は、これまである種の密室での議論が当然のものとなっていた日本政治の透明化にとって、一種の踏み絵になり得ると考えています。1950年に制定された日本の公職選挙法は、戦後の混乱期で物資が不足する中、一部の金持ちだけが選挙を有利に戦えるということがないように、ビラやポスターに至るまで徹底的に規制することによって、とくに選挙運動期間中に“均質な公平性”とでも言うべき政治空間を人為的に作ろうとしていました。一方、アメリカの場合、言論の自由を守るという観点から、選挙運動に関する規制はほとんどありません。新しいメディアを使った選挙運動だろうと、ネガティブキャンペーンだろうと、基本的には何をしてもいい。各候補者や政党に委ねられています。自由に競争することこそが公平だ、という考え方です。このように、日本とアメリカとでは、「公平性」に対する価値観が根本的に違うわけですね。
そしてインターネットは、完成度が十分でなくてもまずプロトタイプを公開して、少しずつ改良を加えていくという、アメリカ的な価値観を踏まえて設計されています。つまり、ネット選挙の解禁は、本来的に、日本の選挙にそのようなアメリカ的な、言い換えればインターネット的な価値観を取り入れるか否かという選択を暗に迫るものであるわけです。本来ならば、法改正にあたって、まずはそうした選挙制度のあり方を考えなければいけなかったのではないか、ということですね。
──つまり論理的には、アメリカ的、インターネット的な価値観を拒否して、選挙運動期間中、インターネットにもテレビなどと同様の規制をかけるという選択もあり得たわけですね。にもかかわらず西田さんは、ネット選挙の全面解禁に賛同していますが、それはなぜでしょうか?
西田氏■ネット選挙を導入すれば、投票率が上がるとか、政治にかかるコストが下がるとかといった言説は、少なくとも実証研究の知見からは支持できませんが、前述のように政治の透明化には寄与すると考えているからです。これまで、政治家の生の発言を聞くことができたのは、政治番記者など、ごく少数の限られた人たちだけでした。そのコストは相当高いものだったと言えます。しかし、ネット選挙を導入すれば、今までより格段に多くの人が、政治家の発言をチェックできるようになります。さらに、インターネットでの発言は記録が残りますから、「この政治家が今ネットで書いていることは、5日前の発言と違うじゃないか」ということが少なくともネット上の発言については衆目に晒されます。ネット上で発言していなかったり、口当たりのよい発言しかしていなければ、その事実自体を他の媒体が指摘することができます。たとえば大阪市長がTwitterで発言するようになって、それらを出典にした報道が増えました。そして、このような検証コストが大幅に下がりました。ジャーナリスト、研究者に限らず、政治に関心を持った人ならば、誰でも取り組むことができるようになります。これはすごく大事なことだと思うんです。
解禁に賛同するもうひとつの理由は、日本の立ち後れた情報通信政策の転換点になり得ると思うからです。これまで政治家は、国民の政治への関心が最も高まる選挙期間中にインターネットを使えなかったので、ある意味でインターネットに関心を持つ必要性を感じていませんでした。日本の情報通信関連の政策は、そのような理由によって行政主導になっていた側面がある。しかし、ネット選挙の導入によってガラッと変わるわけです。選挙は競争ですから、解禁された以上、政治家としてはインターネットを使わざるを得なくなります。そして、中長期的に見れば、そのことが情報通信技術に関する政治家の学習を促し、その結果、政治主導によって情報通信政策全般が改善される可能性があると考えています。
──有権者の関心は、やはりそのような「ネット選挙の解禁によって、結局のところ具体的に何が変わるのか」という部分に集中していると思います。それを踏まえて、西田さんは、今回の参院選においてどのような点に注目していますか?
西田氏■まず、各政党、各候補者が、どんな企画を出してくるかですね。今のところ全体的に混迷を極めているという感じですが、たとえば自民党は、党内にネットをウォッチする専属の部隊(Truth Team)を置くなどして、攻めの姿勢を見せています。加えて、インターネットでしか選挙運動をしない候補を立てていますが、これは、選挙におけるインターネットの効果を測定しようというテストケースであると考えられます。ツイッターのフォロワー数は1000人程度で、現時点では完全に泡沫候補ですが、そういう候補者たちの結果がどうなるかは見所ですね。使い慣れないツイッターで失言してボロを出す候補者が続出したりすることもあるかもしれません。
メディアに関して言えば、まずは新聞各社が、ソーシャルリスニング(インターネットの世論の測定)やボートマッチ(有権者の考え方が、どの政党・立候補者の政策に近いかを測定する仕組み)など、ネット選挙対策の大きな企画をたくさん出してきますので、注目したいと思います。公職選挙法の影響を受けないネットメディア各社も、ウェブ動画の企画に力を入れ、「政治のコンテンツ化」を試みようとしていますから、そこにどんな人たちが出てくるかをチェックしておきたいところです。現実はともかく理想としては、ネットや新聞、雑誌といった媒体の種類を越えたメディア間の報道競争を通じて、政治の透明化が進むことを期待したいです。
それから、警察や総務省、選挙管理委員会などの規制当局が、今回改正された公職選挙法をどの程度厳格に運用するかも興味深い点ですね。管見の限り、これまでインターネットに関連した公職選挙法違反で起訴されて有罪になったケースはありません。これまではインターネットの法的な位置付けがあいまいだったのでひとまず置いておいた、ということだと思うのですが、今回の法改正は、引き締めにはちょうどいいタイミングです。規制当局が本気を出すのか出さないのか。個人的には、法改正できっちりと線引きした以上はやる、という姿勢を見せてもらいたいと思います。そうでないと、法改正の意味がよくわからなくなります。争点がないといわれる2013年の参院選ですが、ネット選挙については見所が満載なので、要注目ですね。
(取材・構成:松島拡)
1983年京都生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。同後期博士課程単位取得退学。同助教(有期・研究奨励II)、(独)中小機構経営支援情報センターリサーチャー、東洋大学・学習院大学・デジタルハリウッド大学大学院非常勤講師等を経て立命館大学先端総合学術研究科特別招聘准教授。著書に『ネット選挙 解禁がもたらす日本社会の変容』(東洋経済新報社)、共編著に『「統治」を創造する』(春秋社)、共著分担執筆に『大震災後の社会学』(講談社)、『グローバリゼーションと都市変容』(世界思想社)などがある。専門は情報社会論、公共政策学。
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