『ゲーミフィケーション』著者 井上明人氏インタビュー
0
会員になると、いいね!でマイページに保存できます。
現在、急速にビジネスのキーワードとして知られつつある「ゲーミフィケーション」。この言葉には、一体どのような内実があり、現在そしてこれからどういったインパクトを社会に与えていくのだろうか? 話題作『ゲーミフィケーション <ゲーム>がビジネスを変える』(NHK出版)を上梓した、ゲームの研究者である井上明人氏に詳しくお話しを伺った。
必ずしもコンピュータゲームを作らなくていい
――最近、「ゲーミフィケーション」という言葉が多方面から注目を集めています。そもそもゲーミフィケーションとはどういったものなのでしょうか?
井上明人氏(以下、井上氏)■一言で言うと、ゲームの中で培われたノウハウを社会の色々な場面に適用していきましょう、ということですね。たとえば、今日ここに来るのも電車で移動してこられたと思うのですけど、そこにゲーム性を持ち込んだ「フォースクエア」というサービスがあります。携帯電話のGPSを利用して、移動した場所やその回数によってポイントやバッジが得られるというシステムになっています。こうした形で、今まで何も楽しくなかった日常的な行動を楽しくしてしまおうというものです。
しばしば「学習や教育目的のコンピュータゲームとはどう違うの?」という疑問を持たれるのですが、ゲーミフィケーションって必ずしもコンピュータゲームを作らなくてもいいんですね。たとえば、がん予防の教育ゲームを作るということも、ゲームと社会の接点を考えて良いものにしていこう、という意味では同じですが、コンピュータゲームそのものを作ろうとすると難しい問題がいくつも出てきます。何百万、何千万という予算が必要になりますし、ゲームとしてエンターテイメント性を追及しようとするとがん予防という本来の目的から離れてしまったりする。
ゲーミフィケーションはあくまでゲームの手法や仕組みを取り入れるということですから、プレイヤーに対する遊ばせ方の文脈が違ってきます。「ゲーム」だと思って遊ばずに、気がついたらゲームだった、というもののほうがうまくいく気がします。
『ゲーミフィケーション』
――井上さんは東日本大震災とそれに伴う電力不足によって節電が叫ばれた時に、ツイッターで「#denkimeter」というゲームを考案されていましたね。自分の家の電気メーターの値をツイートすると戦闘力となって他人と競い合える。あれは必要に迫られて行う節電を、予算をかけずに誰もが手軽に楽しめる好例だったと思います。
井上氏■何もない時よりは相対的に面白くなるということですね。ゲーミフィケーションってゲームだと思ってやると、クソゲーだと思えてしまうものは結構多いのです。普通のパッケージゲームをやるつもりでゲーミフィケーションの事例に取り組むと「何が面白いのかわからなかった」っておっしゃる人は多いんですけど、問題意識や動機が全く無い人にとって面白くないのは当然ですよね。
ゲーミフィケーションを説明する時に、よく「ナイキプラス」というツールが例に出されます。この「ナイキプラス」をダウンロードしたiPhoneを持って走ると、距離や速度を全部記録してくれて、Web上でそのデータを競い合えるんです。僕も今回の本を書くにあたって「ナイキプラス」をやってみましたが、最初はまったく面白さがわからなかった(笑)。そこでまずジョギングを普通にすることから始めて、その後で「ナイキプラス」を持ってジョギングに行ってみてそこでやっと、何も持たずにやるよりは面白いな、と実感できたんです。
ランニングを普段からしている人や興味がある人にとっては効果的なツールになり得ますけど、まったく動機のない人にランニングをやらせるというものではないんですね。だから普段移動の少ない人は「フォースクエア」をやるより、「スーパーマリオブラザーズ」とかをやっていたほうが絶対面白いです(笑)。
今のところ「ゲーム」をやってもらうって動機で成功しているゲーミフィケーションの事例はあまり無い気がします。もともとその人が持っているモチベーションをちょっとアシストして盛り上げたり、維持させたりする方法として提案しているもののほうが多いですね。
――ここ最近になって、ゲーミフィケーションが注目を集めているのはなぜなのでしょう?
井上氏■もともと、「シリアスゲーム」(エンターテインメントを主眼としない教育や医療などで活用されるコンピュータゲーム)や「ゲームニクス」(マニュアルなどがなく、ユーザーが自然に使いこなせることを目的とした、ゲーム開発におけるインターフェイスのノウハウ)といった、ゲーミフィケーションにある程度近い概念も存在しました。しかし、それら以上にゲーミフィケーションがここまでバズワードとしても浮上してきたのは、その実際の成功事例が目に見える形で出てきたというのが大きいかと思います。日本だとちょっと文脈が共有されにくいんですが、海外では先の「フォースクエア」や「ナイキプラス」、あるいはオバマ大統領が選挙支援でポイントや称号などゲーミフィケーションを取り入れて成功を収めたことで注目度が高まってきたと思います。
あと、事例が盛り上がるためには社会や技術的なバックグラウンドも重要で、スマートフォンの普及でライフログが身近になったことも大きいです。GPS機能でどこに行ったとか、iPhoneの振動センサーでランニングの軌跡が簡単に記録できるようになった。日常の行動をカウントして得点をつけたりしてくれるツールって、今までもなかったわけではないのですが、割高でなかなか普及しなかったんです。それがここ数年くらいでかなり普及しましたからね。
つまり、日常をゲームの数字としてカウントするためのツールが揃ったんです。カウントできるものが増えていけばいくほど、ゲーミフィケーションが広まっていくというのはあると思いますね。
――ご著書でも、数値化できることが重要だと書かれていましたね。なぜゲーミフィケーションにとって数値化というのが鍵になってくるのでしょう?
井上氏■やっぱり人間、フィードバックが何もない状態よりもフィードバックがある状態のほうが手応えが感じられるものです。フィードバックを最も低コストに与えられる手段は何かといった時に、一番簡単なのが数値化なんですね。もちろん意味のない数字をただ見せられてもゲーミフィケーションとは呼べませんけど、はっきり動機があって数値の意味を内面化できるような状況にある人なら意味のあるフィードバックになってくる。
知り合いのゲーム研究者と、「世界で初めてのゲームマシンは何か?」という話をした時に、「体重計じゃないか」って言われました。それは今のゲーミフィケーションの文脈を考えると全くその通りなんですね。体重計は上に乗ると自動でフィードバックを返してくれる。
また、社会学や経済学系の人からは、「もともと社会にはゲームってたくさんあるじゃないか」と批判されることもあるのですけど、もともとあるゲームを可視化しているのがゲーミフィケーションなのです。何でもゲームにできるってわかっている人はわかっていたんですけど、可視化されないと楽しみようがない。それから可視化の仕方によってゲームの楽しみ方をデザインすることもできる。そういうことを可能にしたのがゲーミフィケーションのインパクトですね。
【次ページ】ゲームは複雑なメカニズムを理解させるのに適している