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  • 【砂田麻美監督インタビュー】サラリーマンの父の最期にカメラを向けたエンターテイメント・ドキュメンタリー『エンディングノート』

  • 2011/10/14 掲載

【砂田麻美監督インタビュー】サラリーマンの父の最期にカメラを向けたエンターテイメント・ドキュメンタリー『エンディングノート』

映画『エンディングノート』監督 砂田麻美氏インタビュー

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「段取り重視」の熱血営業マンとして日本の高度成長期を駆け抜け、40年以上勤めた会社を67歳で退職。第2の人生を歩み始めた矢先、毎年受けていた健康診断で胃ガンが発見される。がんは、すでに手術が難しいステージ4に進行していた。そんな主人公が真っ先に取り組んだのは「エンディングノート」の作成だった――。
2011年10月1日公開の『エンディングノート』は、父親の最期の日々を娘が記録したドキュメンタリー映画だ。「エンディングノート」とは、万が一のときに備えて、残された家族に宛てた覚え書きのようなものだ。誰もが逃れられない「死」。本人は、家族は、残された時間とどう向き合っていくのか。最後まで笑いと明るさを忘れずに死と向き合う父の姿をとらえ、重いテーマをユーモアと切なさが織りなす暖かな作品へと昇華させた砂田麻美監督に、制作の舞台裏とこの映画に対する思いを伺った。

普通であればあるほど、強烈な個性になる

――本作が監督初作品だということですが、映画になるまでの経緯は?

 砂田麻美氏(以下、砂田氏)■撮り溜めていた映像を編集し始めたのは、2009年末に父が他界し、明けて2010年の4月からです。作る以上は人に見せたいという欲求はもちろんありましたし、少なくとも家族や近しい人には見せるつもりでした。でも、映画になるとまでは考えていなくて。自分がとにかく「やりたいからやる」という感じで作業に没頭していました。

 映画化を意識したのは、2010年の8月に是枝和裕監督(※註)に見せて、「これは映画になると思うよ」と言われてからです。それまでは、こんな普通のおじさんの話が映画になるとは、どうポジティブに考えても思わないというか、そもそも頭になかったんです。だから、是枝監督に言われたときはびっくりして、しばらくは本当なのかなと疑っていました(笑)。

(※註)砂田氏は大学でドキュメンタリーを学んだ後、『誰も知らない』などで知られる是枝和裕らのもと、フリーの監督助手として映画制作に携わってきた。

photo
(C)2011「エンディングノート」製作委員会

――お父さんが退職されるときなど、過去の映像がたくさん出てきますが、以前からお父さんを撮っていたのには理由がありますか?

 砂田氏■私の家系はカメラ好きが多くて。祖父は8ミリカメラを回すのが趣味で、父はビデオテープの原料を扱う会社にいたというのもあって、私自身も幼い頃からごく自然にカメラをまわすようになりました。家族にカメラを向けるなかで、とくに興味を惹かれたのが父の言動でした。サラリーマンとしての姿がすごくキャッチーで、自分とは全然違う生き方をしているところが対象として面白かったんです。気がついたらカメラを父に向ける回数が多くなっていました。

――映画には、お父さんのかつてのサラリーマンっぷりが伺える場面が何度も登場します。医師との診察が打ち合わせのようだったり、病床で「コンフィデンシャル(内密)に」とビジネス用語を使ったり。ご長男が葬儀について確認しているときも「わかんなかったら携帯に電話ください」と、家族の笑いを誘うシーンもありました。サラリーマンというと一般に平凡な人というイメージがありますが、お父さんの場合は、サラリーマン人格が本人のキャラクターにまでなっています。

 砂田氏■それは、父にカメラを向けていて常に感じていたことです。普通であればあるほど強烈な個性になるんだ、と。東日本大震災の直後、各所で日本人が礼儀正しく並んでいることが海外でニュースになりましたが、そこにいた人たちはある程度無意識にやっていると思うんです。本人は自然にやっていることが、角度を変えてみるとすごく特徴的で、個性になる。それが、父についついカメラを向けてしまう理由の1つだったと思います。

――病が発覚してから、カメラを回し続けることに抵抗はなかったですか?

photo
砂田麻美監督
 砂田氏■父のガンが判明したのが2009年5月で、直後は治療方針を決めたとあって忙しくカメラを回すなどという余裕はありませんでした。その後、少し状況が落ち着いたときにカメラを回し始めましたが、しばらくして撮るのを止めました。厳密に言うと、孫が来たときにみんなで散歩や旅行に行ったりという、カメラを回してもおかしくない状況では回していました。でも、父だけにフューチャーして撮るというのはずっとできなくて。カメラを持つと、父と娘という関係ではなくなってしまう。そのことがこの先、精神的にとても耐えられそうにないと思ったからです。

 でも夏を過ぎた頃に、友人から「本当にそれでいいの?」と言われたのがグサリときて。それですぐ、「やっぱり最後まで回そう」と、そこから一気に回し始めました。ただし、「撮りたいときだけ撮る」というルールを自分に許したんです。取材というと、「こういう場面も押さえたい」「この話も聞きたい」とあらゆる映像をストックしておきたくなるのが当然です。でも、「これは仕事じゃないから、自分の心のなかに残ったものだけを撮ればいい」と思ったら、すごくラクになりました。

――最期の段取りをしているお父さんを見て、感じたことは?

 砂田氏■「死に向かって準備をしている」という印象はまったく受けませんでした。式場の下見で教会に行くことも、ごく自然な行為でした。教会は仏教の葬儀会館とは違い、毎日行ける場所ですから。「孫と遊ぶ」にしても「旅行をする」にしても、できることは今やっておきたい。命は限られていて永遠には続かないから、やれることは今やっておこうというのが父にとっての段取りでした。だから、むしろ「生」に向かって過ごしている感じが強くしました。

――それを「To Do リスト」という形で演出したということですね。また、この作品には砂田監督自身の声で、お父さんの声を代弁する一人称のナレーションが入っています。そこが通常のドキュメンタリーとは一線を画し、「エンターテインメント・ドキュメンタリー」と銘打つ所以だと思うのですが、ナレーションは最初から入っていたんですか?

 砂田氏■是枝監督に見せた時点では、既に入っていました。1人で編集していたときから、自分の父親の生き様を伝えたい、自分の家族の話をみんなに知ってほしいという欲求はまったくありませんでした。人間は必ず死ななければいけない。その不思議さ、哀しさ、その先にある光を父の映像を使って表現したいという気持ちがまずありました。

 「そのとき父は」という語りにすると、私と父の物語に集約してしまい、普遍的な話ではなくなってしまう。結果的に映画から「父と娘」の関係を読み取ってもらうことは自由ですが、まず「父と娘」ありきにはなりたくなかった。なるべく父親と娘という関係を離したかったんです。なので、最初から死者が自分自身のことをどこか分からないところから語る、という手法を取ろうと決めていました。ただ、最初は男の人に読んでもらうつもりで、仮に自分が吹き込んでいました。

――最終的にそのまま監督自身のナレーションを使ったのはなぜですか?

 砂田氏■亡くなった人の声を生きている人間が勝手に語る、ということに対して責任を取るにはどうしたらいいかということをずっと考えていたんです。うまい着地点がなかなかみえなくて、1年近く引きずっていました。そこにきてナレーションを依頼していた方が難しくなってしまったので、最終的に自分で読むことを決めました。

 男の人の言葉を女の人が読み始めた時点で、それって虚構だとわかりますよね。落語ではないけれど、最初に「虚構の物語にお付き合いお願いします」と風呂敷を広げてしまう。最初に種明かしをすることで、作り手がちゃんとそのことに自覚的であるという、ある種の責任の取り方になると思ったんです。

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