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ラップ、ヤクザ、貧困、人種差別──神奈川県川崎を舞台にしたルポルタージュ「川崎」は、『サイゾー』に掲載されるやいなや大きな話題を呼ぶ。若手ヒップホップグループBAD HOPや、ヘイト・スピーチと戦うカウンター団体「C.R.A.C. KAWASAKI」を取り上げ、川崎の過酷な現実を浮き彫りにした。連載をもとに大幅加筆し、『ルポ 川崎』(サイゾー)として刊行されたのを記念して、著者で音楽ライターの磯部 涼氏に話を伺った。
なぜ川崎なのか?
──川崎のリアルを描き、話題を集めている『ルポ 川崎』ですが、音楽ライターの方がこのような「ルポ」形式で書くのはめずらしいのでしょうか。
磯部涼氏(以下、磯部氏): 音楽コーナーなのか、ノンフィクション棚なのか、書店は分類に迷う本でしょうね。ただ、欧米では、音楽ライターがルポ形式で書いた本も多いですし、日本でも野田努さんや北沢夏音さんなどの音楽ライターが、同様の手法を使ってきました。ぼく自身も彼らに影響を受けていますし、60年代に流行したアメリカの「ニュージャーナリズム」的手法が好きです。ぼくとしては新しいことをやっているというよりも、伝統的なことをしているつもりです。
それに、まだあまり取り上げられていないアーティストについて書こうと思うと、資料がないのでルポ的な手法にならざるを得ません。ミュージシャンのライブに足を運び、知り合うところからはじまって、生まれた場所を訪ね、関係者に話を聞く。泥臭い手法かもしれませんが、そうした積み重ねを大事にしています。
──取材先として川崎を選んだのはなぜですか。
磯部氏: もともと僕は『サイゾー』で、不良少年や少年犯罪の取材を多くしていました。取材対象者と待ち合せるときに川崎駅を指定されることが多かったのです。「ここには何かある」と感じていました。
そんな中、2015年に日本を騒がす事件が川崎区周辺で次々と起こりました。中一男子生徒殺害事件、日進町簡易宿泊所火災、老人ホームでの連続不審死の発覚……。インターネット上では、当時話題の「イスラーム国」をもじり、「川崎国」というスラングも使われるようになりました。これは、中一殺害事件の方法がイスラーム国の処刑の方法に似ているというメディアの勝手な憶測をもとにしています。
その一方で、川崎から新しい才能も生まれました。たとえば、2012年に始まった「高校生ラップ選手権」で優勝して話題になったT-PABLOW(ティーパブロ)とYZERR(ワイザー)率いるBAD HOPです。彼らは双子の兄弟で、川崎区の過酷な環境で育ったことをラップで表現し人気を集めていました。文化的に注目すべきところがあると感じたのも、川崎を選んだ理由です。彼らを皮切りに様々な人たちと出会いました。
──川崎を取材する前と後で印象が変わった点はありますか。
磯部氏: それまでは、川崎駅を訪れてもそのすぐ近くにある「クラブチッタ」というライブハウスに行くだけだったので、取材前には強い印象を持っていませんでした。しかし、調べていくうちに現代日本の問題点がここに凝縮されていることがわかってきました。
川崎区は京浜工業地帯として、日中戦争から日本の軍需産業を支え、戦後も日本の経済を支えた街です。日雇い労働者の集まる「ドヤ街」もありますし、労働者のためにソープランドや競輪場などの施設が発達し、街を押さえる暴力団の事務所も存在します。コリアンタウンもあり、近年では東南アジアや南米からの流入者も多い。一方で、住民たちは長いあいだ公害にも悩まされ、またコリアンタウンはヘイト・スピーチを行うデモの標的になりました。
ですが、クラブチッタや駅と直結しているショッピングモール「ラゾーナ川崎」に行くだけでは、そんな姿は見えてきません。中一殺害事件が起こった
河川敷の真横にはタワーマンションがあって、そこからは事件の現場がよく見えるはずなのに、ほとんど意識されない。同じ川崎でも断絶があるのです。
「むしろ川崎の不良ですらない」
──磯部さんは中一殺害事件について何度も言及されていますが、印象深い事件だったのでしょうか。
磯部氏: 子を持つ親として悲しい事件だと感じました。事件については、同じ時期に出た石井光太さんの、『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』(双葉社)が詳しいので、ぜひ読んでいただければと思いますが、『ルポ 川崎』では、事件そのものよりは、背景となる川崎区という街が抱えている問題にフォーカスを合わせています。
というのも、川崎の不良たちに事件の話を聞くと「あんなの、ありふれている」と言います。もちろん、うそぶいている部分もあるのですが、ある意味「ありふれている」という感覚は真実でもあると思うのです。
BAD HOPも、中学時代、先輩の不良から上納金を徴収され、それが苦しくてタバコ屋のシャッターをこじ開けてレジごと盗むなどの強盗をくりかえしていました。もしくは、事件現場の河原はリンチするときの定番の場所になっていたという話も聞きました。だからこそ、あんな事件なんてありふれているし、「(事件の当事者は)むしろ川崎の不良ですらない」などと言うわけです。
もちろん、決して許されるべきではない事件ですが、その背景には川崎区という土地が持っている歴史や、社会状況も無関係ではないと思いました。
──このような話はゴシップ的に書いてしまう誘惑があると思うのですが、磯部さんの中で意識した部分はありますか?
磯部氏: ゴシップの先を書きたい気持ちがありました。『ルポ 川崎』のアイディアを得た本のひとつに、マイク・デイヴィス『要塞都市LA』(青土社)があります。これはロサンゼルスという土地の歴史から、アメリカ全体の問題点が見えてくる構造になっています。『ルポ 川崎』でも川崎を歩き回ることで、日本全体の課題が見えてくるような本にしています。
ただ、中一男子生徒殺害事件のあと、加害者にハーフの少年がいたことでネットでのヘイト・スピーチのかっこうの餌食になったこともあり、川崎に取材に入った当初は「どういう目線で書かれるのか」と取材先に心配されもしました。
たとえば、去年は『「東京DEEP案内」が選ぶ 首都圏住みたくない街』(駒草出版)という本が売れました。その住みたくない街ランキングの2位に川崎が選ばれています。このような視点は「スラム・ツーリズム」と呼ばれ、貧困や問題のある地域を興味本位の目線からみていくものです。確かに、実際に足を運ぶことでわかることもあるでしょうし、野次馬的な欲望はだれにでもある。掲載先である『サイゾー』も、そういった目的で読む人が多いメディアです。でも、ぼくはスラム・ツーリズム的な欲望をある程度満たしつつも、それだけでは終わらないものを書きたいと思いました。
住民の中でも、特に不良少年はスラム・ツーリズム的な外からの視点を内在化していて、むしろそれを誇りに思っている節すらあります。「ヤバい街に住んでいるから、オレたち自身もヤバいんだ」というふうに。ネット上で「川崎国」と言われたときも、だんだんと川崎の子どもたち自身が「川崎国」と言い出すようになっていきました。メディアを通した言葉やスティグマ(負の烙印)が反転して、アイデンティティにつながっていくこともある。だからこそ、スラム・ツーリズム的な視点をすべて切り捨ててしまうのはリアリティに欠けているとも感じています。
さらに、ヒップホップには自らの過酷な環境を歌うというフォーマットがあります。他の地域よりも、歌うことの多い場所であることは間違いありません。川崎に住んでいることが表現における強力な武器になっているのです。
【次ページ】「物心つく頃にいた仲間なら多国籍でも」
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