- 2008/02/26 掲載
【速水健朗氏インタビュー】拡散する自己啓発と自分探しムーブメントを読む
≫『自分探しが止まらない』(ソフトバンク新書)
――2008年の1月に、ネットで「ポジティブ教」という言葉がちょっと話題になりました。ライフハックネタや、自己啓発的な話がネットでは、よく人気を集めるのですが、そういった潮流を揶揄した言葉として、「ポジティブ教」という言葉が生まれ、揶揄する側と反発する側に意見もわかれましたよね。
速水氏■「ポジティブ教」の信者になって、本当にポジティブになれるんだったら問題ないし、水を差すつもりはないですよ。自己啓発書を読んで前向きになることに対しては、誰も文句を言う筋合いではないと思います。だけど、自己啓発の効き目があるのって、その本を読んでる間だけのことが多いでしょう。読んだだけで満足して、何もしない人が多いから自己啓発書が永遠に商売として成り立つわけで。それは一瞬の滋養強壮剤みたいなもので、真っ当なポジティブとは言いにくいんじゃないかとは思いますけどね。
そもそも、今、僕らの世代はみんな時間いっぱいまで、安い賃金で働かされている。そこからさらに生産性を上げて、タダ働きするために従業員が自発的に自己啓発本とかを読んで、それで前向きとかポジティブになっているのって、ちょっとおかしいんじゃないのかなと。
『自分探しが止まらない』 |
速水氏■ひとつ弁解しておきたいのは、本の帯に「こんな若者にはもううんざり!!」ってあるから、若者を小馬鹿にした200%の俗流若者論!であるかのように思われているかもしれませんけど、それはちょっと違う。俗流若者論的な部分もあるかもしれないけど、むしろフリーター・ニート問題を団塊ジュニアの側から取り上げて、一致団結して向き合おうという意味では、城繁幸と阿部真大のラインに入れてもらうのが希望です。
水無田気流の『黒山もこもこ、抜けたら荒野 デフレ世代の憂鬱と希望』もそうですけど、今の新書バブルには、これまで頭を押さえつけられてきた団塊ジュニア世代の書き手がようやくデビューできる場になっているという部分があるんです。そして「一人一冊」の戦法で自分の世代を主張している。「一人一冊」っていうのは、戦前の右翼が起こした血盟団事件の「一人一殺」にかけているんですけどね。僕の本もまさにそのつもりです。自分と同世代の人々を馬鹿にするつもりはさらさらありませんよ。
帯で騙そうというつもりもなくて、新書の帯は、読者を誘うためのちょっとしたフックですよね。本のタイトルや帯は売るための仕掛けの要素を入れて、中身では帯をも裏切るという感じ。「別のレイヤーの人にも届けるための戦略」と、この本の担当編集者が言っていました(笑)。
――本書の中では、自己啓発書を批判していますけど、目の前にニンジンをぶら下げられないと働けない人がいても構わないと思いますが、そのあたりはいかがでしょうか?
速水氏■もちろん、自己啓発書が売れてるからといって、なんでも批判すればいいって理屈はない。「おまえの本が売れないから、ひがんでいるんだろう」とでも言われたら、ぐぅの音も出ない(苦笑)。だけど、ネット書店のAmazonの書籍売上ランキングとか見ると、トップ25くらいのうちの半分は、自己啓発書が占めてますよね。
たとえば、スティーブン・コヴィーの『7つの習慣』とかD・カーネギーの『人を動かす』なんて、常に上位に留まっているし、最近ヒットしてる『夢を叶えるゾウ』は、まさにこれらを小説に焼き直した自己啓発本。ほかにも最近だと「引き寄せ」系が売れているけど、これは全部『ザ・シークレット』という本の派生商品ですね。『求めない』あたりは、相田みつを系の癒し商品だし、“金持ち父さん”シリーズのロバート・キヨサキの本も売れ続けている。あと、収入や生産性が何倍になるとかいう本も、後を絶たないでしょ。どんどん数字が増えているんじゃないですか? まあ、さすがに『ハリー・ポッター』シリーズまでもが自己啓発本だとまでは言わないけど(笑)。でも、かなりのヒット作が同じ傾向を有している。
それらの多くは同じ宗教の影響下にあるものでもあるんですよ。みんな出版業界の衰退を問題視するけど、むしろ出版される本が皆同じような本であることについては、なぜか誰も問題視していない。僕は出版が文化だなんてきれいごとを言うつもりはないけど、本を作る人間としても、読む側の人間としても出版物の多様性は維持される方向に行ってほしいとは思います。
――そもそも、成功哲学や自己啓発はなぜこんなに流行するのでしょうか?
速水氏■さっき「多くは同じ宗教の影響下」って言いましたけど、実際、自己啓発本のルーツは「ニューソート」っていう宗教運動です。乱暴にまとめてしまうと「ニューソート」は、「思ったことは実現化する」っていうことが教義になってるんだけど、19世紀ころの神秘主義がベースになって生まれたもの。おそらく、やはり19世紀に誕生した資本主義が勤勉なプロテスタントの精神とつながっていたように、さらに人を勤勉にさせようという装置として機能したのだと思います。実際、ニューソートはプロテスタントの中の異端として発展した部分もあります。
それが世界恐慌後の大不況時のアメリカに「ポジティブ・シンキング」というキャッチコピーの下、商品化されたのが、ナポレオン・ヒル『思考は現実化する』と、さっきの『人を動かす』って本。それ以後、この「ポジティブ・シンキング」の商品化はいろいろと拡散していきます。マーケティングだとか、スポーツ選手の育成、企業の新人研修、それに今どきはラーメン屋にまで広がった(笑)。自己啓発本が中身は一緒なのにさまざまな姿に変えているのと一緒。ポップカルチャーだって例外ではありません。
――ポップカルチャーにまで?
速水氏■まず『エヴァンゲリオン』がそうでしょ? あと、「がんばれ」とか「僕が僕らしく」とかいう応援歌としてのJポップが流行るのも90年代以降の現象だし。こないだなんかティーン向けのファッション誌のはずの『Zipper』に連載されている、いくえみ綾のマンガの帯が、「自分を変える勇気下さい」とか「強くなれるビタミン剤」などの自己啓発なメッセージ満載で、いまやこんなところにまで……とびっくりしたの。中身を読んでみたら、そんな内容じゃなかった。でも帯は自己啓発本であるかのように装っているわけですよ。帯に関しては、人のこと言えないけど。
あと、ケータイ小説も、自己啓発書の一種として受け止めることができます。それと自己啓発本の一大ジャンルとしての芸能人本もある。青木さやかとか藤原紀香の自叙伝なんかは完全に自己啓発書として読めます。「こんな苦労してきた、でも苦労を乗り越えて頑張った、だからあなたも生き抜いて」っていう、ほらどこかで聞いたことあるでしょ(笑)。
さっき言ったような「ポジティブ・シンキング」の思想が隅々まで拡散していくのが、20世紀から21世紀にかけての自己啓発史。今の日本にこれだけ自己啓発書に埋め尽くされているのは、1930年代のアメリカと同じように強い資本主義によって労働者層が疲弊しているからだと思います。1931年にエンパイアステイトビルができたのと、六本木ヒルズができたのも、似ていると言えば、似ている。1930年代の不況は第二次世界大戦で解消されるのを考えると、赤木智弘のように「希望は、戦争」という声があがるのも自然の流れかと。
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