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ノンフィクション作家の高橋秀実氏の『おすもうさん』(草思社)は、著者自ら相撲部屋で土俵に上がって四股を踏むような体験から、国技とされる相撲の歴史を資料と取材で読み解き、そのおすもうさんの世界を描いたルポである。何かと話題の相撲の世界とがっぷり四つに組んだ本書について、高橋氏にお話を伺った。
力士の生活を知る
──『おすもうさん』は、相撲が「国技」だと言われるようになった発端から、そもそもの発祥にまで遡る歴史探索と、相撲教習所で若者たちに混じって勉強したり、ふんどしを巻いたり、ちゃんこをよばれたりしながら、相撲部屋の若者たちと話した観察ルポとが合わさった変わったノンフィクションです。タイムリーな本だけに、コメントの依頼が来ているんじゃないですか?
高橋秀実氏(以下、高橋氏)■出たのがちょうど白鵬の本と同じ時期だったんです。勝ちたいなぁというのもヘンですが、Amazonをチェックして、ときどき瞬間的にランキングの上位にいたりすると、その日はちょっと気分いいですよね(笑)。12年、この仕事してきてタイムリーな本を出すのは初めてですから。これは大変な反響を呼んで、かなり忙しくなるぞと思っていたんです。でも1本も電話ないですね。
──まず相撲取りが700人いるというのがびっくりでした。テレビ中継で目にするのはエリートで、晴れ舞台に上がらない人たちの普段の生活が紹介されています。
高橋氏■ぼくらが知っているのは、夕方のNHKテレビの取り組みと稽古風景ですよね。それで稽古といえば、バシバシとぶつかりあったり、ふーふー息をあげている。そこだけ見ていると確かに厳しいんですが、稽古は午前中だけ。それに部屋の土俵はどこもひとつですから、上がるのは一組。ほかの力士は周りで腕組みして待っているしかないんですよ。
──待機している時間が長いのは、野球部の球拾いみたいなもんですか?
高橋氏■そうなのかなぁ……。NHKなら、厳しい稽古を耐えて「皆さん横綱を目指しています」というふうにまとめるんでしょうが、ぼくが話を聞いた若い力士で「横綱目指しています」なんて言う人はいなかったんです。
──じゃ何を目指して彼らはこの世界に入ったのかというのが、この本のテーマになっていますが、そもそもの取材の出発点は?
高橋氏■かいつまむと、海外の人に日本文化を紹介することを目的とした雑誌で「相撲」について書こうとしたんです。雑誌としては中学生レベルの英語で書くというのを基本にしていて、コンパクトに分かりやすくとなると、これがなかなか書けなかったんです。それで大相撲教会に取材申請を出して、相撲部屋を取材して書きはしたんですが、あれでよかったのかなぁというのがあって、草思社のWebマガジンで何かしないかと言われたときに「相撲はどう?」と持ち掛けたんです。
──追手風(おいてかぜ)部屋に通われていますが、選ばれた理由はなんだったんですか?
高橋氏■話はさらに前になるんですが『Number』という雑誌で、黒海を取材したんです。でも、そのとき話を聞こうとしても、二言三言しか聞けない。「いや、ふつうっす」って。困ったなぁという顔をしていたんでしょうね。周りにいた若い力士が代わりに教えてくれるんです。「大変ですねぇ」みたいなことを言われて。「黒海はどう?」「いゃぁモノが違います」「でも、皆さんも横綱目指しているんでしょう」「やめてください、そういう言い方は」「じゃ、なんで相撲をやっているの」というふうな話になって。
追手風部屋を選んだのは、彼らと面識があったということが大きいですね。こういう言い方もなんですが、おすもうさんって、固体識別が難しいですよね。名前も似ているし。顔も、黙っていたらみんな怒っているように見えるし。あの部屋は少しなじんでいたのがあったのと、弟子たちもしっかりしていて、なによりフレンドリーなんです。「ちゃんこ、食べませんか? おかわりどうですか?」っていうのに甘えたという感じもありますね。
──ほかの部屋だと違っていた?
高橋氏■全部の部屋を見たわけではないですし、あえてここを選んだというのでもないんですよ。ただ、わたしが取材の中で聞きたかったのは「なんで今どき頭にちょんまげ乗せて相撲をしているの?」といった類のことで、将来の目標とかじゃなかった。だから、彼らも気さくにいろいろ話してくれたのかもしれません。
──大きな部屋だと、成立しなかったかもしれないですね。発言があるがまますぎて。
高橋氏■そうですねぇ。黒海を取材したときに親方にも話を聞いたりしたんですが、「みんな稽古しなくて、困っちゃいます」みたいなことを言われたら、厳しい稽古に励んでいるとは書けませんよね(笑)。
なんで力士になったんですかと聞いたときにも「知らない間に全部話が決まっていて、気がついたらここにいたんです」ですからね。わたしとしては、そのときかなりピンとくるものがあったんです。誰それに憧れてこういう道に入りましたという答えは、聞いた範囲では一人もいなくて、「実は俺もそうなんだ」というのが多かった。
──スカウトされたことになるんでしょうが、学校の先生とかの薦めでなんとなく決まっていたというのは面白いというか衝撃というか。
高橋氏■これはあくまでイメージですけど、おすもうさんの世界って、目が覚めたらお昼なんですよ。「なんでオレ、ここにいるんだろう」と思いながら「お腹すいたな」とゴハンを食べて、そうすると眠くなる。また寝て、次に起きたら、食べたあとの洗いものをしたり、掃除したりする。動くとお腹がすくのでまた食べて寝て。早くに寝たものだから朝は5時くらいに目が覚める。それで、ちょっと暴れて、また掃除して……。これが取材してみての、お相撲さんの日々の印象なんですよね。これは、なにより人間として当たり前だと思ったんです。
──うちの母親は田んぼ仕事をやっていたんですが、規則正しい反復には近しいものがありますね。相撲部屋の取材は早朝からですか?
高橋氏■ええ、部屋があるのは埼玉県の草加市なんで、ウチからだと始発の電車に乗って6時前にギリギリ着き、力士さんたちが上から降りてきて、稽古が始まるんです。これを言うと語弊があるんですが、早起きしたもので、稽古を見ているとウトウトするんですよ。「座布団どうぞ」なんて言われて敷いたりするとね。寝たら失礼だと思いながら。それがきつくて、きつくて。12時くらいになったら、ちゃんこを一緒にいただいて。一時間くらいすると、みんな眠くなって昼寝。わたしも眠いんですけど、そこで寝るわけにいきませんから家路につくという。