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「立場」にはまりすぎるのは問題だ
──高橋さんのルポは、とくに『からくり民主主義』という本などはそうですが、タテマエではなく、そこに暮らす人たちの素を切り取られていますよね。ある種、軟弱なまでに。
高橋氏■えっ、軟弱ですか? そうかぁ……。でも相撲を書くときに、全国から力士を目指して若者が集まってきている。さらには「国技」という伝統を守ってというふうに組み立てていくと、これは日々厳しい稽古に耐えてと言わなきゃいけない。そこから外れていると「あいつはダメだ」と批判されるわけですよね。
映像的には、身体をぶつけているのを写せば分かりやすいんですよ。しかし、言葉で彼らはいま何をやっているのかと説明するとなると、難しいんですよね。
──選ばれた人間の世界へのアンチというのかなぁ、自分は雪駄を履くことが許される「三段目が目標です」と答える、フツーな若者たちを取り上げているのが面白かったです。
高橋氏■マスコミの描く人間像というのは、教育的な観点に立ったものだと思うんです。教育のための方便というか。ビジネスの世界なら、目標が設定されていて、どのようにモチベーションを高めていくかということを考えたりするんでしょうけど、生きている人間本来の行動様式ではないと思うんです。人間というのはそれだけじゃないというか。それこそ食べたら寝るという世界がある。こういうふうに言うと笑われるけど、これはすごく大事なベースで、人間食べなきゃ死ぬし、寝ないと頭がおかしくなりますからね。
わたしは、あまりに「立場」にはまりすぎているのは問題だと思いますね。「立場」と「存在」は分けたほうがいい。だから「頑張らなくていい」とは言いません。ただ「教育的な観点がすべてではないんですよ」とは言いたい。言われてみたら、わたしが書いているのは、どれも教育的な立場に立っていないんですよね。食べたら眠くなるんですという人に「それでも力士か!」とは言わないし、教育しようとは思ってないですから。わたしも、皆さんのように寝たいんだけど、なかなか締め切りがあってできないんですよと引き上げてくるわけです。
──力士だけでなく、行司さんや呼び出しの人たちの仕事が詳しく紹介されているのも驚きでした。行事さんは、ほかに宿泊や移動の切符の手配といったマネージャーのような仕事があるのは初めて知りましたし。ほかにも土俵を作っては壊すのもそうですが、仕事としてみると「仕分け」たくなるくらい非効率というか不合理なことが多い、反面、少ない仕事を多人数で分けあっていて、ワークシェアリングを実践しているとも言えそうですよね。
高橋氏■そうなんですよね。外国人向けに説明したものを読むと、「力士はまず土俵を清めるために塩をまきます。口をゆすぐのも身を清めるためです」と書いてあるんですが、あんなに何度も清める必要はあるのか? 相撲というのは、呼び出しがあって、掃除して、力士が入って、そのたびに清めまくっている。土俵はすでに清められている状態であるにもかかわらず、それでもみんなで清めるんですね。すごく不合理な世界なんです。
横綱になるために稽古するというのは合理的な行動様式なんですけど、「気がついたら、ここにいました」というのはそうじゃない。合理化の発想とは対極なんですよね。
──それは、農家に生まれたら農業を継ぐのは当たり前だった時代の思考と似ていますよね。余計なことは考えなくていいという。
高橋氏■わたしなんかの印象としては、目的を持って行動することはそんなにいいことなのか。例えばここに手帳があって、取る。そんなに考えてすることじゃないですよね。あったものを取るだけ。人間の身体の動きは、気がついたらやっていたというのが基本なんじゃないのかというのがあるんですよ。
どっちが人生の基本なのかといったら、おすもうさん的なものがベースなんじゃないかと。そもそも日本人に生まれようとして生まれてきたわけでもないし、誕生からしてね、生まれたいとして生まれたわけでもないですから。「気がついたら、ここにいた」。それをすっと言えるおすもうさんはすごいですよ。相撲がなんとなく好きな人というのは、どことなくノンキなところを表現しているおすもうさんに惹かれているように思うんです。
──高橋さんの仕事には独特のカラーがあって、ある種の指標になるように思いますね。ノンフィクションの棚が書店から削られ、コミュニケーション術の本が目立つ中、ハウツーにはない他者とのかかわりの面白さがあって。例えるなら日曜の午後の「ザ・ノンィクション」なんですよね。「情熱大陸」に勇気づけられなくとも、空回りしている浅草の食堂の跡取り息子の狼狽から、ささやかな勇気をもらう。
高橋氏■ノンフィクションと言われましたが、そういえばわたしの本はいつもスポーツとかダイエットとかに置かれていることが多かったですね。
(取材・構成:朝山実)
●高橋秀実(たかはし・ひでみね)
1961年、横浜市生まれ。東京外国語大学モンゴル語学科卒業。ノンフィクション作家。著書に『ゴングまであと30秒』(草思社/『平成兵法心持。』と改題して中公文庫)、『にせニッポン人探訪記』(草思社)、『からくり民主主義』(草思社/新潮文庫)、『トラウマの国』(新潮社/『トラウマの国ニッポン』と改題して新潮文庫)、『センチメンタルダイエット』(アスペクト/『やせれば美人』と改題して新潮文庫)、『はい、泳げません』(新潮社/新潮文庫)、『おすもうさん』(草思社)など。
※なお、高橋氏の「高」の字は正しくは「はしご高」。ただし、ウェブ上で表示されない場合があるので、「高」の字を使用しております。
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