- 2006/10/17 掲載
【かなり奇妙な法学教師・白田秀彰氏インタビュー第3回】様式としての「2ちゃんねる」!?
様式としての「2ちゃんねる」!?
インターネットの法と慣習
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白田■ 多少、強引かもしれませんが、あのようなMAD映像は、日本人の創造活動の一つの様式だと考えうると思います。
浮世絵などを見ていると、過去の出来事や古典を同時代の人々が理解しやすい題材──例えば当時の人気遊女の美人画など──にして描く「見立て絵」というジャンルがあります。このように過去の優れた作品をあたらしい文脈において楽しみなおすということは、日本の伝統でした。こうした再解釈芸術がゼロからのクリエーションよりも高く賞賛されるという文化的背景があるのだと思います。
MAD映像にしても、あるアニメの音楽を違うアニメ画像に組み合わせてみたら、たいへん調和したものができる場合もあるのでしょう。著作権の想定しているクリエーションは、ヨーロッパ型のゼロから創作するというものですが、日本には過去の作品の「見立て」そのものにも創作と同等以上の価値を見出す文化があったのです。 さらに言うと、当時ある浮世絵を見て、これが何という作品の「見立て」なのかをわからないと「野暮だ」と言われたらしいんですよね。過去の作品をふまえて、そこに新しい味付けをする創作というのは、過去の膨大な蓄積を基礎としなければならないだけ、単に優れた絵画に対して感動する心よりも、レベルが高いという見方もあると思います。過去がわかっていないと、作る方も受ける方もわからないですから。MAD映像を作る日本の文化。昔から日本人はそういうところに面白さや創造性を発見する傾向をもつのではないでしょうか。
白田秀彰氏
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連歌は、発句があって最後の挙句まで、どのようにして面白おかしく句をつなげていくかを目的とする文学活動です。連歌の中の一つ一つの句を抜き出したとき、全ての句が文学的に成立しているかと言えば、そのような事はありません。前の句を受けて、ただ流しているだけの物も沢山あります。連歌の長い歴史の中で、優れた句に着目する形で句が独立して俳句となりました。私は「2ちゃんねる」のスレでのコミュニケーション様式がそれに近い気がしています。
2ちゃんねるでは、ごくまれに宝のような非常にすばらしい書き込みがありますが、基本的には「お題(スレッド)」があって「発句(最初の書き込み)」が始まると、「2ちゃんねるの様式(「2get!!!ズサ━━━━⊂(゚Д゚⊂⌒`つ≡≡≡━━━━!!」等)」が始まり、そして面白おかしく虚実をない交ぜにしながら茶化しあいつつ、1000ゲットで終わる芸のような気もします(例えば「イヤッッホォォォオオォオウ!」)。
連歌の特徴は、作家性の希薄さ、すなわち参加者のアイデンティティを強く主張しないという所にありました。連歌が行われる場の魅力は、大名だろうが商人だろうが、みんな等しく「言葉遊び」を純粋に楽しむところにあったらしいです。これも「2ちゃんねる」に似ている、というのは言い過ぎでしょうか。
―― 先ほどのお話にもありました通り、YouTubeではテレビで放送された動画を勝手にアップロードされており、いくつかのテレビ局がYouTubeに削除依頼を出している所もあります。このようにテレビで放送された動画をアップロードする人は著作権的にはどうなのでしょう?
白田■ それは法的には真っ黒でしょう(笑) 普通に考えて違法です。YouTubeがまったく作為をしていない事業体だとしても、アップロードしている人が日本国内にいるでしょう。(牧野先生よれば)万国著作権条約でアップロードした国の人が法律上の保護がアップロードした先の国に作用するとすれば、日本で違法なコンテンツは、YouTubeがあるアメリカのサイトにあげようが、どこにあげようが、それは違法である事は変りません。
―― 「YouTubeが放送局となる」というお話もありましたが、テレビ局自体がYouTubeのような動画共有サイトを立ち上げようとしています。これらの動きについてはどう思いますか?
白田■ テレビ局自体がYouTubeのような動きをするのは当然でしょう。ある程度先が読めている人であれば、テレビ局もYouTubeのようなサービスを始めなければ、いずれテレビ局が先細っていく事はわかるはずです。
ところが、テレビ局がYouTubeと同じような事をしても、流せるコンテンツは自分のところで権利を保有しているコンテンツや視聴者から投稿される、合法的なコンテンツだけです。YouTubeの場合、違法合法問わずありとあらゆるコンテンツが存在しており、それを放送する、全世界で通用する統一的なポータルとなっています。「動画といえばYouTube」という利用者の認識を獲得した段階で、すでに圧倒的に有利な状況になっています。コンテンツの量を見ても、日本のテレビ局が行う単発のサービスが、YouTubeとそのまま勝負するのは厳しいでしょう。むしろ、YouTubeのインフラに乗ることを考え、コンテンツへの支配力をYouTube上でどのように発揮するのか検討すべきだと思います。
また違法コンテンツの問題ですが、YouTubeは、違法コンテンツがアップロードされていた場合、日本の放送局などそのコンテンツの管理者から削除の要請があれば、そのコンテンツを削除しています。しかし、YouTubeが日本の放送局からの要請で消していても、YouTubeの利用者が、そのコンテンツをすぐにアップロードしてしまうので、結果的にはその映像はYouTubeで見られる事になっているようです。アメリカでは「デジタルミレニアム著作権法(DMCA)」で導入された「ノーティス・アンド・テイクダウン手続き」によって、仮に違法なコンテンツをYouTube上で掲載されていても、著作権者からクレームがきた場合に、そのコンテンツを削除すれば、直ちには訴追されないことになっています。つまりYouTubeは現在のところ「法の緩い部分」を使って生き残っていると言えます。
一方、各テレビ局それぞれで同様のサービスをはじめた場合、当然のことながら違法なコンテンツを流すわけにはいかないので、各局独自のコンテンツを配信せざるを得ません、視聴者からの投稿も事前にチェックすることになるでしょう。すると、今の放送局と近いモデルで運営していくことになると思われます。システム的にはYouTubeと同じ物が作れたとしても、運用的にはテレビ局と同じものとなる場合、なんでもありで雑多な「ネット的ないいかげんさ」と戦うのは非常に厳しいでしょう。利用者の倫理感に訴えようとしても、冒頭に述べたように、そもそも利用者は見たい動画を見ることができれば、その他のことに注意を払うとは思えません。
―― 最後に、何か注目されている分野はありますか?
白田■ ネットワークで起きている問題だといわれている事柄は、そんなに異常な事柄ではないという事を、書いていきたいと思っています。ネットワークにおいて「独特」な行動や現象が観察されて「問題」だと言われていますが、人間はある一定の環境要件がそろうと、人間的な合理判断に基づいて、その「問題」と言われるような行動をとるのだと思ってます。ですから、ネットで観察される「問題」と類似した行動が、世界のさまざまな文化領域や、過去のある時代において見られたのではないかと調べています。
(取材・構成=横田真俊)
●著者紹介
白田 秀彰(シラタ・ヒデアキ)
法政大学社会学部助教授。
情報法、知的財産権法を専門とし、積極的な発言をしている。 著書に、『インターネットの法と慣習』(ソフトバンク新書)、『コピーライトの史的展開』(信山社)がある。
公式サイト:http://orion.mt.tama.hosei.ac.jp/hideaki/indexj.htm
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