- 2006/11/14 掲載
【長沼行太郎氏インタビュー】老いる社会と向き合うために
嫌老社会~老いを拒絶する時代
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長沼■ いつの時代にも長生きしたいけれど老いるのはいやだという矛盾した感情はありました。でも近代の産業社会は特別で、若いことが価値であって、老いはもっぱら忌避されてきたんですね。つまり、生産にたずさわれる年齢の男性をよしとする産業社会では、嫌老の傾向が強くならざるをえないということがいえると思います。
――シワを取ったり、若返りのためにボトックス注射を打ったりそういう施術が一般にアンチエイジングなんて呼ばれて流行っていますが、これも嫌老の意を含む言葉ですよね。
長沼■ どちらにもとることができるんです。アンチエイジングは従来データの乏しかった「老化」現象に科学のメスを入れて、老いの迷信を取り除いてくれています。老いによる心身の機能低下を科学やハイテクの力によって除去したり防いだりすることで、現役時代とはちがう老後という時期の可能性を発見できるかもしれません。だけど、それが老いを嫌うからそうしているのであれば、嫌老になります。両義的なんですよね。例えば、古い中国の老荘思想の根底には「寿命を全うする」という考え方があるのに、同時に“神仙思想”になると千年でも万年でも生きる不老不死の術を手に入れようとする発想も同居してくるんですよ。後者は嫌老なんです。そのふたつはどうもくっついているんですよ。
――嫌老と賛老は背中合わせであると?
長沼■ 老人差別の強い国になると、老いの弱みを見せないための防衛手段になります。例えばアメリカなんかはその傾向がありますね。
――それは産業の段階に応じて生じるというものなんですか?
長沼■ 一般論としては、絶えずシステムを自己革新していく近代社会っていうのはエイジズム(老人差別)が生まれやすいでしょうね。働ける年代を中心に社会がイメージされますから。エリート層の中などで老人が力を持ったという歴史があれば違うんでしょうが、アメリカにはその歴史がないですよね。ヘミングウェイの『老人と海』なんかを読んでも、漁ができなくなった老人は周りから嘲弄されています。
長沼行太郎氏
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――もともと老いをテーマにした研究をはじめられたきっかけはあるんですか?
長沼■ 以前から『知的トレーニングの技術』(別冊宝島<当時JICC>から刊行。花村太郎名義で書かれている)や『頭の錬金術』(徳間書店)などでも取上げていたテーマではあるんですけど、本格的な取り組みとしては2000年ごろに文部省から科研費をもらって隠居についての研究をしたことがあるんですね。その頃に“家族がこれからどうなるか”という問題と“人口構造”というテーマについてシンポジウムをやったんです。そこで、茨城キリスト教大学の森謙二教授というお墓の専門家の方にお話をしてもらいました。
日本は家ごとに墓がある“家墓”の社会なんですが、その家墓がどんどん無縁墓になっているそうです。つまりそれは死者の居場所がなくなっていくということですよ。それと同じように生きてる人間も家族という単位の中に収まり難くなってきていて、家族の崩壊という問題がある。森さんによると、家は100年間で三代続くはずなんですけど、家が断絶しないで続くケースは実は多くないんです。家は断絶していくものだと。一方で、私自身は明治時代の家族像について研究をしていたんですが、調べていくと近代の日本には一家団欒なんてなかったのではないか、と考えられてくるのです。実は江戸末期から明治10年代あたりまでの日本は非常に離婚が多かった。“一家団欒”というのは明治の時代の国策ですよね。近代の国民国家に相応しい家族像というのを挿絵として教科書に載せていたものです。明治末になってその理想像に近い家族が一部に生まれたんです。
――家族像は時代によってまったく違うものだということですね。
長沼■ そうですね。家族像というのは普遍的なものではないんです。なのに年金や社会福祉の制度は、昭和初年から25年くらいまで、つまり団塊世代が生まれるくらいまでの時代の家族像が普遍のものであるかのように作られているんですよ。その25年間は多産少子、人口学的には「第2の人口爆発」といわれる時代で、その頃なら4人の子どもが両親を支えればよかったという構図があった。でも、その時代の人口構造はとっくに崩れています。今は少産少死で、両親を2人の子どもが支える、いや支えられないから、親となった団塊の世代は「子どもに迷惑をかけられない」とけなげに考えている時代です。今後とも人口構造は高齢社会で安定するとみていいでしょう。これから世界の国々が経験することになる高齢社会の最先端に日本がいるわけです。
長沼■ 遅速はあっても最終的にはそうでしょうね。高齢社会は日本が最先端を走っていて、前例として参考にできるモデルはどこにもないんです。
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