- 2006/11/14 掲載
【長沼行太郎氏インタビュー】老いる社会と向き合うために(2/2)
長沼行太郎氏
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長沼■ 堺屋太一さんの『団塊の世代「黄金の十年」が始まる』(講談社)を読むと、いかに引退後のセカンドステージの生活がすばらしいかということが書いてありますが、そのさらに先の10年については触れられていないんです。確かにセカンドステージはバラ色かもしれないですけど、その先には介護などの現実問題が待ち構えています。
――いま世間で話題になっている“2007年問題”は、単に企業の雇用の問題だとか、都心回帰でマンションブームだとか、退職金がどう使われるかなど、わりとお気楽な問題として扱われていますし、団塊世代にしても老後は田舎で「定年帰農」だとか、蕎麦打ちをはじめたいとかいいますけど、これはバラ色のセカンドステージの話ですよね。
長沼■ 団塊世代が定年退職するなんて問題ではないんです。本当に問題になるのは団塊世代が後期高齢の時期に入り、つまりサードステージを迎えた時が、社会的にも家庭的にも負荷がかかる時期になります。ここをいかに乗り越えるかが問題なんです。
――長沼さんのNPOの活動というのはバラ色のセカンドステージではなく、その先のサードステージをテーマにしているんですよね。
長沼■ NPO「くらしとお金の学校」は去年の春からはじめた活動なんですが、主にファイナンシャルプランナーがメンバーなんです。なので、相続や保険や投資から老後の住まい、金銭教育などお金がともなう問題について、セミナーや相談をしています。今年の介護保険制度改正をはじめ、医療と介護の制度が大きく変わってきたのでそこが特に課題になっています。
――すみません、その辺りの事情はまったく不勉強なんですが、わかるように説明してもらえますか。
長沼■ おおざっぱにいうと、日本も景気のいい時代には、「福祉元年」などといって北欧型の福祉社会を選択していくのかと思われていた時代もありましたが、いまは大きく軌道修正している段階なんですよ。
嫌老社会~老いを拒絶する時代
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――小さな政府ということですね。
長沼■ 単に政策や財源といった問題だけでなく、北欧型を参考にしようにも、日本は北欧以上に急速に高齢化しているのでモデルケースにはならないんですね。そんななかで福祉社会からも離れ、行政には頼り切れない状況が生まれてきている。
――そこでNPOの存在が重要になると。 長沼■ ここで活動している人たちは、本来ならライフプランニング、マネープランニングを専門的にやる人たちです。ライフプランというと一般的には結婚資金、住宅資金、教育資金という3つがいわれるんですが、実はその後に老後資金というものが必要なんです。ただ普通の人の場合、この老後資金まで考えがまわらないですよね。大体、住宅ローンを返し終えた頃に現役が終わりますよ。退職金で住宅ローンを完済したりすると、決してばら色の老後ではないですよね。でもこれだけ寿命が延びて、自分たちが高齢者になったときに、まったく心の準備も資産の準備もないままにはやっていけないですよ。
――なるほど、そこでファイナンシャルプランナーが必要とされると。
長沼■ もっと具体的な話をすると、夫を亡くして一人になった婦人たちは大きな家に住むことが不安になるので、別に終いの住まいを見つけることが必要になります。それは家を売って新しく買うということになります。これを全部自分でやらなくてはいけない。もし失敗するともう帰り場所がなくなります。それに、医療や介護のサービスを受けるのも、いまはひとつひとつ契約という考え方になってきています。かつては“措置”という形で行政の方で選んでくれていたのが、いまは本人や家族が契約主体となって自己決定していかなくてはならなくなった。当事者に知識と決定能力が必要になったんです。
――でもさっきおっしゃったように、介護の制度はどんどん変わっていて、対応するのも大変ですよね。
長沼■ 去年と今年でもぜんぜん状況は変わってますね。介護度の認定基準が変わって、介護の現場に混乱が起きています。介護予防のリストに載せられたひとの間に反発や拒否する人もいます。なので、介護事業の方でもNPOやボランティアの協力を必要としているし、NPOの側も自分たちのアイデアを活かしていきたいというのがある。今の段階では、介護の現場と我々がどの辺で連携できるのかと互いに探っているところですね。
――長沼さんご自身も団塊世代ですが、引退についてはお考えになっています?
長沼■ 大学の定年まであと2~3年なんですよ。ぱーんと海外移住しちゃいたいとか、今までの自分とはまるで違う自分をやってみたいみたいな、正直いって、ロマンチックに考えてしまうことはありますね。八ヶ岳山麓に家を買って薪割りをやっているとか、自邸で野菜を育てたとかいう友人の話を聞くと「いいなぁ」なんて思ったり(笑)。ロマンチックっていうのは揶揄ではない部分もあるんですよ。我々は高度成長前の時代を知っている世代ですから。伝統を喪失する体験をしているんですね。戦前から続いてきた子どもの遊びにしてもそうだし、伝統の技を身につける前に急速に都市化したんです。60年代に産業構造の転換があって、体で習得する“技”というものが殺ぎ落とされていった。でも第一次産業の風景の断片だけは記憶に残っているんですよ。もう一度その“技”を習得してみたいという願望が世代的に染み付いているのかもしれませんね。
ただ持ち時間のことを考えると仕上げたいしごとが多くて、ロマンチックなばかりではいられません。あてがわれた老いでなく、自分の人生をこの手に握り続けていたいというのがだいいちです。そのために、死生観や信仰の問題をこれから考えていきたいし、介護を必要とするステージにある人間の自立とか自己決定とかの問題を、NPOのメンバーと一緒に、思想としても技術としても鍛えていく課題があります。
(取材・構成=速水健朗)
●著者紹介
長沼行太郎(ながぬま こうたろう)
1947年生まれ。関東短期大学助教授。
早稲田大学文学部卒業。東京都立大学人文科学研究科修士課程修了。
専門は近代文学、文章論、メディア論。
著書に『思考のための文章読本』(ちくま新書)、花村太郎の筆名で『知的トレーニングの技術』(JICC出版局)、『頭の錬金術』(徳間書店)がある。
また、NPO法人「くらしとお金の学校」の理事としても精力的に活動している。
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