- 2006/10/10 掲載
【かなり奇妙な法学教師・白田秀彰氏インタビュー第2回】YouTubeってどうよ?
YouTubeってどうよ?
インターネットの法と慣習
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―― 「匿名」と「実名」とは少し違いますが、YouTubeなどで過去のテレビ作品を流したり、プライベートな映像を流す動きも出てきております。YouTubeについては、どのようなお考えをお持ちですか?
白田■ YouTubeの場合、登録もソフトのインストールも必要がないので「ソフトを使っている」という感覚ではなく、動画を見るための環境になっている感じがします。私が初めてYouTubeを使ったときも、「使った」というような意識を持ちませんでした。「面白い動画がある」と言うメッセージをもらって、リンク先をクリックしたら、ほぼ自動的に動画が再生されたのです。この一連の行動のなかでは意識的に「YouTubeを使っている」という感覚はありません。
古くからのパソコンユーザであるならば、パソコンのローカルで動いているアプリケーションとネットワークの先にあるサーバ上で動いているアプリケーションを切り分けて考えられると思いますが、インターネットが標準になった最近のユーザーは、ローカル環境で動いているアプリケーションとネット先で動いているアプリケーションの差を意識できないと思います。
著作権やインターネットについて関心のないユーザの場合、OSとしてのWindowsのパッケージに「おまけ」として入っていたコンテンツと、誰かがYouTubeに違法にアップロードしたコンテンツの差はないはずです。ただ、指示されたリンク先をクリックしたら動画が再生されただけです。それがどんな仕組みで再生されているかなんて一般ユーザーにはどうでもよいことなのです。冗談半分ですが、インターネットに詳しくない人の中には、YouTube経由で見ている動画は、Windowsの機能の一部としてMicrosoftが提供していると思っている人すらいるかもしれません。
―― YouTubeに関しては、本当にビジネスになるのかまだ不明な所もあります。先生はYouTubeのビジネスについて、どのようにお考えですか?
白田■ YouTubeというサービス単体では成立しないと思います。彼らがやっているサービスは、「オンラインでの汎用テレビ放送局」です。今まで放送局ビジネスは、国家がコントロールする規制ビジネスで、しかも国家の政策上もたいへん重視されており、特別な事業者にのみ許される典型的な寡占ビジネスとしてのみ存在していました。もちろん衛星やCATVも同様です。ところがインターネットというメディアについては、政府がそのメディアをうまく規制できないという状況ができています。
大きな収益を得られるビジネスには、いくつかパターンがあります。そのひとつに、強い経済的・法的規制がかかっている領域において、それらの規制が撤廃されたときに大きな利益が発生するパターンがあります。現在YouTubeを財政的に支えている人たちは、YouTube単独のビジネスで利益を狙っているのでは無くて、政府規制の及ばない放送メディアを作り出すことを目的としているのではないかと思います。
白田秀彰氏
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これをYouTubeに当てはめて考えてみます。YouTubeそれ自体では儲からないかもしれませんが、YouTubeが全世界に配信できる汎用テレビ放送網として認知されれば、現在の放送メディアへ投入されているさまざまなリソースがYouTubeに雪崩を打って流れ込んでくるでしょう。いろいろと面倒くさい規制のある放送メディアよりも、YouTubeは安価かつ簡便そして全世界に届くメディアですよ。そのときYouTubeは、世界に配信されるコンテンツの結節点を握る者として、その権力をいかようにでも経済的利益に変換できるはずです。
―― つまりYouTubeのねらいは「単体で広告配信を行なう」という事よりも、放送局として巨大なプラットフォームとして使うということですか?
白田■ 狙いは完全に放送だと思います。彼らは電波帯域で行われているビジネスをネット上で代替することを狙っているのでしょう。現在の放送局は──今は番組制作をプロダクションに発注してしまうことが多いのですが──番組の制作から電波を発射するところまでの全て担当しています。その中で、最終的に電波を発射する部分の放送設備を変更することには莫大な費用がかかります。周波数の変更のための設備変更のみならず、周波数の変更を政府に申請し許可をもらうこと、場合によっては何万台も存在する受信機の買い替えを受信者に対して促すことまで考えなければなりません。こう考えると電波というメディアはあまり便利なものではありません。
その時にオンライン上に、電波と同じ──あるいはそれ以上の帯域幅をもち、自由に使える配信経路ができれば、電波発射のための放送設備を持たない放送局を作り出す事ができます。政府の放送に対する規制がもっぱら電波使用免許のコントロールを経由して行われていることを考えれば、電波を使わない放送局はいわば自由放送局です。YouTubeは「受託配信放送局」といえるようなビジネスを狙っていると思います。(最終配信経路を持たない)世界中の番組制作会社から委託を受ける形で全世界配信をやるという事を考えているのかもしれません。
今、世界には190カ国以上の国がありますが、やや雑に言いますけど1つの国に1局ぐらいはテレビ局があると思います。もし、YouTubeがオンライン上で全世界に配信できる汎用テレビ放送網となった場合、全世界の番組制作会社に対して190カ国以上の(テレビ放送にかかっている)政府規制を事実上バイパスできる配信経路を提供できる事になります。「規制が外れた時に大きなビジネスフィールドが広がる」という事を前提として考えると、この開放による市場拡大の勢いは相当なものになると思います。YouTubeにお金を出している人達はそこを狙っているのだと思います。
―― YouTubeの使われ方として、アメリカでは家庭で撮影したビデオや仲間内で撮影した物が比較的多いですが、日本の場合はテレビの映像などがアップロードされているケースが多いと思います。アメリカと日本でYouTubeに対する意識が違うのでしょうか?
白田■ ちょっと遠い話から始めましょう。はじめてビデオカメラを買った時には、日本人もアメリカ人も、だいたい自分や自分の家族を撮影して、それを家族や友人に見せるだろうと思います。それらの被写体やテーマは一番手近なものだからです。
個人的な考えですが、アメリカ人たちは、自分や家族がテレビに写っている様子をみんなに見せたい傾向を持っていると思います。アメリカ人の家庭を訪問するとびっくりするくらい家族の写真やらビデオやら部屋の中やら見せられます。こういう部分で彼らがとてもオープンな傾向を持っていると考えます。もちろんシャイな人達もいるとは思いますが… ところが日本人は、そうした画像を自分の家族や友達に見せるくらいまではオープンだと思いますが、誰だかわからない不特定の人に見せるのは嫌だという傾向を持つのだと思います。一番手近な被写体かつテーマである自分自身の身の回りを撮影したような個人的な画像が、日本からはアップロードされない傾向をもつわけですから、YouTube上でのオリジナル画像の日米比率が異なることになるのだと推測します。
ですからその差は、それぞれの国民のクリエイティビティの問題では無く、自分自身を世の中に出していく事への抵抗感の差だと思います。日本人の場合、自分の作品を仲間内で評価してもらって、恐る恐る世の中に出していくような環境があるのでしょう。このような環境の場合、自分の作品をYouTubeで全世界に公開するような人はきわめて少なくなるでしょう。
そうなると、自分自身がYouTube上で評価されるには──すなわちたくさんの人たちからの好意的コメントを獲得するためには──、自分自身のコンテンツではなく過去の「お宝動画」を掘り出してYouTube上で公開することが効率的になるでしょう。リアルタイムでその番組を視聴できなかった人に、得がたい貴重なサービスを提供していることになるのでたくさんの感謝を得ることを期待できます。そうした状況においては、自分自身をあたかも「ねずみ小僧」のような義賊であるかのようにみなして、テレビの放送コンテンツのアップロードをしている人もいるかもしれませんね。
(取材・構成=横田真俊)
●著者紹介
白田 秀彰(シラタ・ヒデアキ)
法政大学社会学部助教授。
情報法、知的財産権法を専門とし、積極的な発言をしている。 著書に、『インターネットの法と慣習』(ソフトバンク新書)、『コピーライトの史的展開』(信山社)がある。
公式サイト:http://orion.mt.tama.hosei.ac.jp/hideaki/indexj.htm
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