『円のゆくえを問いなおす』著者 片岡剛士氏インタビュー
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ニュースを飛び交う「円高」や「デフレ」といった言葉。不況の元凶として名指しされることが多いこれらの経済現象については、その原因から対策について百家争鳴の状態が続いている。そんななか、為替相場制度の変遷や過去の金融政策を踏まえ、「円高やデフレは自然現象ではない」と主張した著書『円のゆくえを問いなおす』(ちくま新書)を上梓したのが片岡剛士氏だ。「欧州金融危機の影響」「消費者マインドの冷え込み」など、世間にはさまざまな“円高・デフレ論”が蔓延っているが、「それだけは円独歩高の状況を説明できない」と批判している。深刻な状況を食い止めるためには、どのような政策が必要なのか。そして、専門家ではない一般国民が心掛けるべきこととは? 気鋭のエコノミストによるスリリングな経済談義に耳を傾けてほしい。
無から有を生む秘策 日銀はもっと円を刷るべき!?
──円高やデフレについての報道が氾濫している状況ですが、ご著書の帯に書かている言葉をお借りするならば、世間では制御できない「自然現象」のようなものとしか捉えられていない節があります。そんななか、『円のゆくえを問いなおす』では、一般には理解しにくい通貨にまつわる問題が詳しく解説されており、実態のないと思われているものに具体的な「手触り」を与えてくれる本だと思いました。まずは、なぜ現在、円高とデフレが進んでいるのかについて伺いたいのですが。
『円のゆくえを問いなおす』
片岡剛士氏(以下、片岡氏)■もちろん、さまざまな要因はあると思いますが、一番の原因は通貨の需要と供給のバランスが崩れていることです。今、ドルに対して円が高くなっているのは、円がドルより相対的に需要が高いから。要するに円が希少になっていることが原因だと言えます。
例えるなら、ダイヤモンドは水より流通している量が少ないから希少であり、値段が高いのと同じことですね。一方、国内の財やサービスに対して通貨の需要が高まっている状態がデフレです。つまり、現在は他国の通貨に対しても、国内の財やサービスに対しても円が希少になってしまっているのです。根本原因は円の需要に対して日本銀行が十分な金融緩和を行わず、円を供給できていないことだと私は考えています。
また、為替レートに影響を与える要因は自国と外国の名目金利のほか、予想物価上昇率、物価上昇率があることから、円高とデフレは切っても切れない関係にあることも押さえておいてください。
──ご著書でも触れられていましたが、東日本大震災の直後には過去最悪を更新した円高に見舞われました。
片岡氏■大規模な災害があった時には、家や工場をなくしてしまった方などが多くなることや、インフラ整備などの復興需要で現金の需要が高まります。しかも、東日本大震災の場合は年度末の3月に発生したため、企業は資金繰りのために自国通貨をたくさん確保しておく必要がある。
過去を振り返れば、1995年の阪神・淡路大震災の時にも、ドル / 円レートで79円台半ばまで円高が進みました。この時は、円高対策ということで財政出動をしたものの、財政出動すると金利が上がってしまうので、「マンデル=フレミング効果」が働いて、円高になってしまうということは、自明のことなのですね。にもかかわらず、日本銀行は、それに対して十分な資金供給を行わずに、円高になってしまったというわけです。
──なるほど。つまり、徹底的な金融緩和を実行せず、円を十分に供給していないから円高やデフレになってしまった、と。素朴な疑問として、円を供給すると言っても、そう簡単に通貨を発行していいものなのかと不安になるのですが……。
片岡氏■よく、復興需要のために財政政策をするという話が出てきますよね。しかし、財政政策と言うのは、結局、お金を今使うか、将来使うかの選択の問題で、お金の総量は変わりません。
基本的には財源が必要になるため、被災地の人が困っているのに、その人たちも含めて増税するということになってしまいます。政府から「お金がない」と言われたら、なんとなく「そんなものかなあ」と信じてしまう。しかし、私からしてみればこれは大変おかしな話で、お金がないなら供給すればいいだけ。金融政策が財政政策と違う最大のポイントが、お金の量を増やせるということなのです。
こういう言い方をすると、「その政策にコストはないのか?」と心配になる方も多いでしょう。確かに、経済学でも「ノーフリーランチ」という言葉があるとおり、ただ飯は食べられないという原則があります。それでは、ただ飯が食べられないなかで、日本銀行がお金を刷ること、つまり無から有を生み出すことのコストはなにか。それは通貨の価値が下がり、インフレになるということです。しかし、考えてもみてください。今の日本はデフレであり、デフレであり続けることのデメリットを考えると、インフレになっても問題はないはずです。
また、円高に対しても同じことが言えます。特に財界の方々は、円高対策について為替介入を要求しがちなのですが、現在の制度では介入するための資金はマーケットから調達することになっているので、結局は市場に出回っている資金の総量は変わらないのです。通貨が希少であり続ける限り、根本的な円高・デフレ対策にはならないと考えています。
通貨の価値が上がっている現在の日本は、お金を持っている資産家の人たちに有利な状況が続いています。お金を持っている人は高齢者が多いわけですから、新しいことを始めようとしている若者や、投資家には不利な社会だと言えるでしょう。もちろん、高齢者のなかでも年金のみに頼らなければいけない人たちにとっては、デフレは非常に冷たい。円高・デフレの進行は、そういった矛盾を拡大再生産してしまっているのだと言えます。