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今春、テレビドラマにも登場して話題になった「手術ロボット」。アメリカのインテュイティブ・サージカルの「ダ・ヴィンチ(da Vinci)」が現在、世界のトップシェアを占めている。ところが来年2019年に大部分の技術の特許が切れるため、その地位は決して安泰ではない。他社にとっては手術ロボットのシェアを奪取する大きなチャンスの到来。欧米の主要企業は手術ロボット開発のピッチを上げるが、“ロボット大国”“医療機器大国”の日本勢も、決して負けてはいない。
内視鏡手術を「ロボットの手」が執刀する
今年4月から6月までTBS系で放映されたテレビドラマ『日曜劇場・ブラックペアン』。「嵐」の二宮和也さんが大病院の心臓外科医に扮(ふん)したが、主役に負けず劣らず話題をさらったのが「手術ロボット」だった。ドラマでは「ダーウィン(Dawin)」という名前だったが、世界の医療界では現在、アメリカのインテュイティブ・サージカル(Intuitive Surgical)のロボット「ダ・ヴィンチ(da Vinci)」が、トップシェアを占めている。
ロボット手術は正しくは「ロボット支援下手術」と呼ばれる。ロボットと言っても、病院の手術室に『スターウォーズ』の「C-3PO」のようなヒト型ロボットが現れ、ベッドに横たわる患者の体にメスを入れて開腹手術を行うわけではない。
ロボットは、関節があり手術台でメスをふるう「手」の部分(多関節アーム)4本と、制御装置(コントローラー)の部分でできており、「内視鏡(腹腔鏡)手術」(「腹腔鏡」は「内視鏡」の一種。本稿では「内視鏡」に統一する)の経験がある執刀医が3D画像の専用モニターを見ながら、楽器のエレクトーンに似た制御装置を操作する。内視鏡が執刀医の目の代わりを務め、ロボットの「手」が執刀医の手の代わりを務める。アームは人間の腕では不可能な動作ができる。
それは工場や鉱山や原発など、高熱、極低温、高圧、水中、化学物質、放射線、真空のような危険な環境下で、制御装置の前で作業者がモニター画面を見ながら、手の代わりを務めるアームを動かす「マニピュレーター」が、病院の手術室に入ったようなものだと思えばいいだろう。
外科医にとってロボットは内視鏡手術を支援してくれる良き“相棒”で、ライバルではない。「将来、手術はみんなロボットがやるようになるから、外科医は必要なくなる」という言説は想像が飛躍しすぎていて、誤解のもとになる。
インテュイティブ・サージカルでは四半期ごとに「ダ・ヴィンチ」の世界生産台数の前年同期比の伸び率を発表しているが、2016年の第1四半期以来、12~18%の2ケタ成長を続けている。直近の2018年第2四半期(4~6月)は18%で、2017年第1四半期以来の大幅な伸びだった。
インテュイティブ・サージカルの業績も好調で、2014年に21.317億米ドルだった年間売上高は2017年は31.289億米ドルで、3年で46.8%増加した。税引前利益は2014年の5.490億米ドルから2017年の10.965億米ドルへ、ほぼ倍増している。直近の2018年第2四半期も市場予測を超える増収増益で、発表直後にNASDAQに上場している株価は上場来高値を更新した。同社にとって手術ロボット「ダ・ヴィンチ」は、まさに稼ぎ頭である。
「ダ・ヴィンチ」も含め手術支援ロボットは急成長している。バンクオブアメリカ・メリルリンチは、世界の医療用ロボットおよび補助の手術機器の市場規模は2022年、180億ドルに達すると予測する。アクセンチュアは市場規模が2026年、アメリカ一国だけで400億ドルまで拡大すると推定している。
軍事技術の民間移転「平和の配当」がルーツ
手術ロボットのルーツは「軍医の分身」だった。戦時下の野戦病院はベッドも医療機器も薬も包帯も医師も看護師も何もかも足りない。照明も麻酔も消毒も不十分な環境下で、戦場で重傷を負った兵士が家族のもとに生還できるか、それとも勲章とともに無言の凱旋を遂げるか、まさに瀬戸際の外科手術がおびただしい数、行われた。
そこで湾岸戦争(1991年)を控え、軍医が別の病院にいても遠隔操作で手術できる分身のようなシステムが作れないか、アメリカ陸軍とスタンフォード研究所(SRI)が研究を始めた。
1993年に始まるクリントン政権下、冷戦の崩壊、国防費の削減に伴う「平和の配当」で多くの軍事技術が民間に移転されたが、遠隔手術の研究もその一つで、成果を引き継いだ1社が外科手術用機器を製造するインテュイティブ・サージカルだった。
「ゼウス」という別のロボットが先に開発されたが、デファクトを握ったのはその次の「ダ・ヴィンチ」初号機で、当初はがん手術用ではなく心臓手術用だった。2000年にFDA(アメリカ食品医薬品局)から承認を受け、日本では2009年に厚生労働省から医療機器として承認されている。
ロボット手術のメリット、デメリットは?
ロボット手術は患者にとっては、皮膚に機械を通す穴を数個開けるだけで開腹手術に比べて手術創(傷口)が小さく、出血も少ないためほとんどのケースでは輸血も必要ない。「低侵襲」で手術時間が短くなる分、麻酔の使用も少なくてすむ。そのため術後の回復が早くなり、入院日数も少なくなるというQOL(生活の質)上のメリットがある。これは高齢者には特に歓迎される要素だ。入院日数が少なくなれば医療費負担も軽減される。
執刀医にとっては狭い部位、深い部位のがんも摘出しやすくなり、手ぶれ防止機能で細かな手の震えで血管を傷つけてしまうミスも防げる。ただ「ダ・ヴィンチ」の課題は、執刀医はまるでエレクトーンを演奏するように両手、両足で微妙な操作を正確に行う必要があり、感触が手に伝わらないため慣れるまで経験を積む必要があること。執刀医は100例以上のロボット支援下手術を行わないと治療成績で開腹手術を上回れないという。また、執刀医に指示されて、アームのうち1本を使って内視鏡カメラの位置や向きを変える人が1人、補助につく必要もある。
手術ロボットは日本でも急速に普及が進んでいるが、導入機種のほとんどは「ダ・ヴィンチ」。全世界で4500台以上納入されたうち約300台が日本の病院に設置されている。台数ではアメリカに次ぐ第2位である。
ロボット支援下手術への健康保険の適用は2012年から前立腺がん、2016年から腎臓がんという2種類の手術に限って認められ、それ以外の手術は1件200万円以上する自由診療だった。それが2018年4月、肺がん、食道がん、胃がん、直腸がん、ぼうこうがん、子宮体がん、心臓病(心臓弁膜症)手術など12種類が認められ適用範囲は大きく拡大した。日本経済新聞によると、全国27施設でのロボット支援下の直腸の手術は保険適用後の4月、前年同月の約3倍に増えたという。
とはいえ、手術ロボットには長所もあれば短所もある。「ダ・ヴィンチ」の納入実績がある神戸市立医療センター中央市民病院「ロボット手術センター」が、そのメリット、デメリットをわかりやすく説明している。
| メリット | デメリット |
患者 にとって | ●傷が小さい ●出血量が少ない ●手術時間が短く、術後の回復が早い ●入院期間が短い | ●入院費用が高い ●緊急時の対応がしにくい |
術者・病院にとって | ●視野が非常に広く、従来に比べ約10~40倍での視野を得ることが可能 ●機器の自由度が高く、人間には不可能な角度に機器を曲げての執刀が可能 ●縫合がどんな深く狭いところでも容易に可能 | ●機器の維持コストが非常に高い ●直接執刀するわけではないので、感触がない |
デメリットに挙げられるように「ダ・ヴィンチ」はコストがかかる。1台の価格は約2億5000万円で、年間維持費が約2000万円かかる。オプションの装置や、メスや鉗子(かんし)など消耗品も高く、医療機器の中でも高いと言われるMRI(磁気共鳴画像診断装置)の標準機種とも肩を並べるほどの値段だ。高額の治療費を請求する「ブラックジャック先生」もびっくりするだろう。病院内に通常の手術室とは別にロボット専用手術室を設ける必要もある。
そのため病院は手術の件数を増やして稼働率を上げないと元がとれないが、日本ロボット外科学会が研修の受講やロボット手術経験に応じた資格制度を設けているため、担当できる執刀医(「ダ・ヴィンチ・パイロット」)は全国に2000人足らずしかいない。そのため、ロボット支援下手術を増やしたくてもむやみに増やせない事情がある。インテュイティブ・サージカルにとっても、ライバルメーカーにとっても、「コストダウン」は新製品開発の大きなテーマになっている。
そのライバルたちにとって大きなチャンスとなるのが、第4世代まで進化し全世界で年間に100万件近い手術が行われている「ダ・ヴィンチ」の技術の大部分が特許切れを迎える2019年だ。
医薬品の「特許切れ」は、ジェネリック(後発)医薬品が登場するため医薬品メーカーの業績に大きな影響を及ぼし、業界地図を塗り替えることさえある。それは医療機器についても同様。市場を独占する「ダ・ヴィンチ」の特許切れは、AI(人工知能)の搭載などともあいまって、手術ロボットの世界に大変動をもたらす可能性がある。
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