- 会員限定
- 2017/05/24 掲載
がん治療「光免疫療法」は何がスゴいのか?国立衛生研究所(NIH)小林 久隆氏が語る
なぜ「光免疫療法」はがん治療のブレークスルーなのか
そもそも「光免疫療法」とは一体どんな治療法であり、何が画期的なのだろうか? 端的にいうと、光免疫療法は無害な光(近赤外線)と免疫療法を組み合わせた治療法だ。これまで、がんを治療するには、早期ステージであれば、外科手術や放射線療法が施され、ある程度のステージであれば化学(抗がん剤)療法が施されてきた。
とはいえ、放射線療法や化学療法は、がん細胞のみならず、正常な細胞にもダメージを与え、さらに人間の体本来で戦うべき免疫細胞も減らしてしまうことになる。
一方、小林氏が開発してきた光免疫療法(NIR-PIT:Near infrared photo-immunotherapy)は、正常な細胞も免疫細胞も影響を与えないという。
「体に害になる薬を使わないことが基本です。同様に、放射線も使いません。害になるものは、人に使用する際に必ず限度があるからです。そこで目に見える近赤外線を使い、光を当てた部分だけを選択的に治療できる方法を考案しました」(小林氏)
その原理は次のとおりだ。まず、がん細胞だけに特異的に結合する抗体と、抗体に接合された光吸収体(IR700)の薬剤を患者に注射する。
1日~2日で、この抗体薬剤が血流をめぐって腫瘍部に届き結合する。そこで近赤外線を照射すると、がん細胞に結合した抗体薬剤の光吸収体と反応し、選択的にがん細胞の細胞膜を破壊するという仕組みだ。
「光免疫療法」は約9割の固形がんに適用できる
がん細胞が破壊され、消滅してしまうまでの時間は、わずか1分~2分間と短い。光を当てる際は、光ファイバーを患部に注入し、近赤外線を照射することになるため、食道・胃・大腸・肝臓・すい臓・腎臓・肺・子宮など、約9割の固形がんに適用できるそうだ。「もちろん抗体については、ある程度の種類をそろえる必要はありますが、主要な抗体を6~7種類と、免疫抑制抗体2~3種を組み合わせることで、ほとんどのがん治療をカバーできるようになるでしょう」(小林氏)
光免疫療法が難しい残りの1割は、近赤外線を当てられない患部、たとえば白血病や骨髄腫のような血液系がんや、骨のように光が通りにくい場所のできたがんだ。
「治療する際は、初日に抗体を患者さんに注射し、翌日に病院に来てもらって、近赤外性を患部に当てるだけ済みます。そのため入院する必要もありませんし、副作用も圧倒的に少なくなります。患者さんに対して非常に負担が少ない治療になります」(小林氏)
免疫反応によって、患部以外のがん細胞や転移がんにも効果あり
しかし、この治療が画期的な点はこれだけではない。むしろ、これから説明する免疫系の作用のほうが重要かもしれない。実は光免疫療法は、破壊されたがん細胞の残骸に含まれる「がんの特異的抗原」に対して免疫反応がしっかりと引き起こされるため、照射した患部以外のがん細胞や転移したがん細胞にも効果を及ぼすことが期待できるのだ。
簡単に言えば、破壊されたがん細胞が、そのがんの攻撃方法を免疫細胞に教えてくれるということ。
そして免疫自体を誘導するため、転移しているガンにも効果を発揮する。さらに免疫細胞の働きを阻害する「制御性T細胞」も取り除くことで、免疫細胞が活性化し、わずか数時間で転移がんに攻撃を仕掛ける。すでにマウスによる実験では、転移したガンも撃退できることを確認済だ。
「昨年4月にFDAに認可され、現状ではクリニカル・トライアルのフェーズ2に進んでいます。数十人の臨床でも、動物実験と同様に良好な結果が得られています。がん細胞にマークを付けて、近赤外線を当てると、あっという間に壊れてしまいます。あたかもトンカチで、がん細胞をつぶしているようなもので、原理的に生物学的な違いに関係がないため、どんな種にも適用できるのです」(小林氏)
この光免疫療法であれば、最終的に治療後の転移の心配もなくなり、治療が難しかかったハイステージのがんでも、根治治療が可能になるかもしれない。さらに体中にばら撒かれた小細胞がんのような場合でも、抗がん剤を使わずに、光免疫療法で治療できるそうだ。実際に小林氏は「小細胞がんや神経原線維のマーカーなどを使って、ターゲティングすることが可能です」という。
「光免疫療法は、多くの患者さんを治療することができるものですが、壊していくがん細胞は、各患者さんの体の中で育ったもの。そのため免疫は各患者さんによって異なるものであり、個々人に最適なテーラーメイド療法といえます」(小林氏)
【次ページ】光免疫療法の「費用」と「治療開始時期」は?
関連コンテンツ
PR
PR
PR