- 2025/04/19 掲載
アングル:保護政策で生産力と競争力低下、ブラジル自動車産業に見る関税措置の教訓
[サンパウロ 15日 ロイター] - ブラジル政府は2011年、自国自動車市場の貿易障壁を引き上げた。国内生産を増進し、雇用の安定や自動車の品質向上などの効果を狙った措置だった。
しかしその後、自動車メーカーは工場を新設しては閉鎖し、結果として雇用は減少。生産も大幅に縮小した。ブラジルの消費者は今では、近隣諸国と比べて5割も高い価格で同モデルの自動車を購入することが常態化し、技術面でも世界市場に遅れをとっている。
米国の自動車業界がトランプ大統領による関税措置に直面する中、経営幹部やアナリストたちは、かつて世界第4位の自動車市場だったブラジルとの共通点に着目している。ブラジルは今や、保護主義の危険性を示す事例として注目されている。
ドイツ自動車大手メルセデス・ベンツ の元ブラジル・ラテンアメリカ代表、フィリップ・シマー氏は、サンパウロに高級車工場を建設したものの、2020年に閉鎖され、手痛い教訓を身をもって学んだ。
シマー氏は言う。「ブラジルは、保護主義政策がどのような影響を与えるかを評価する上で良い例となるだろう。保護された市場は、どうしても遅れがちになる」。現在、同氏はアドバイザリー会社のMirow & Coに在籍し、関税によって引き起こされる非効率性について警鐘を鳴らしている。
2011年、ブラジル経済は好調で通貨も安定していたため、自動車輸入が急増。自動車労組と長年の繋がりがある与党・労働者党は警戒感を募らせた。
当時のルセフ大統領は、様々な輸入車に対して30%の増税を行い、国産車への課税を半分にした。同時に、自動車業界に雇用削減の凍結を求めた。 こうした政策と、12年に制定された現地生産比率を定める法律が重なり、ブラジルの自動車産業は1990年代の市場開放以来、最も保護主義的な方向へと舵を切った。
輸入は減少し、13年には国内生産台数が一時371万台と過去最高を記録。市場シェアを譲るか、ブラジル国内に工場を新設するかの選択を迫られた自動車メーカー数社は、メルセデス・ベンツを含め、現地組立ラインを開設することを選んだ。
しかし、多くの企業は国外既存供給網のような効率的な体制を構築できず苦戦。インフレの進行と経済の冷え込みにより、国内需要は落ち込んだ。そして、海外への輸出を拡大できるほどのコスト競争力を持った工場はほとんどなかった。
メルセデス・ベンツは早期に現地生産からの撤退を決定し、ブラジル唯一の工場を4年で閉鎖。その1年後には、1世紀にわたり操業してきた米大手フォード・モーター<F.N>もブラジル最後の工場を閉鎖した。
ブラジルの自動車産業の昨年の生産台数は255万台にとどまり、ピークだった13年と比較すると3分の1減少。自動車部門の雇用も、同期間におよそ20%減少している。
<競争力不足>
アナリストは、ブラジルの自動車産業が苦境に陥っている原因は保護主義だけではないと指摘する。資本、資材、労働にかかるコスト高が、ブラジルの競争力を低下させているという。
ブライト・コンサルティングのパートナーで業界アナリストの、カッシオ・パリアリーニ氏は「ブラジルのように資源が限られた国では、ある程度の保護貿易は必要だ」と述べている。
重い税負担も競争を厳しくする要因の一つだ。独立系自動車アナリスト、テレザ・フェルナンデス氏は、ブラジルではサプライチェーン全体でみれば、自動車価格の3分の1を税金が占めると試算する。
ブラジルの自動車メーカー団体アンファベアが発表した19年のPwCブラジルの調査によれば、メキシコで自動車を生産する方が、材料費と物流費の面でブラジルよりも18%コスト効率が良いことがわかった。税金を考慮に入れると、車種によってはその差は44%にまで広がる。
当然の結果として、トヨタ・カローラのハイブリッド車の新車価格は、メキシコでは2万1000ドル(約315万円)相当から、ブラジルでは3万4000ドル相当からとなっている。
ハイブリッド車や電気自動車も、ブラジルでは最近まで入手困難だった。輸入車との競争が少ないため、電気自動車をはじめとする新しい技術のブラジル市場への普及の勢いは緩やかだ。
メルセデス・ベンツの元幹部、シマー氏は、米国の関税に関する発表は、ブラジルの近年の歴史から誰もが同じ教訓を学んだわけではないことを示唆していると指摘する。
「現在の保護主義的な風潮には懸念を抱いている。これから、厳しい時代が続くのではないか」
関連コンテンツ
PR
PR
PR