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「ヘルスケアIT」の一種で、モバイル端末を医療に利用する「モバイルヘルス」の主役級「治療アプリ」は、クラウドとアプリによるITシステムが患者の自己管理を手助けし、医師をサポートして病気の治療を行う。アメリカが先行しているが、日本でもすでにその治験が実施され、2019年中にも日本初の薬事承認、保険適用が認められる見通し。第1号は禁煙外来で医師が“処方”するニコチン依存症治療アプリだ。本稿では第1号となるベンチャー企業への取材を含む調査をもとに、「治療アプリ」の可能性について記す。
世界的な急成長市場、「モバイルヘルス(mHealth)」
電子カルテ、遠隔医療、手術ロボットなど医療分野でのITの活用(ヘルスケアIT)は日進月歩で発展しているが、スマホのようなモバイル端末を医療行為や医療のサポートに利用することを、「モバイルヘルス」または「エムヘルス(mHealth)」と呼んでいる。
インドのリサーチ会社「Mordor Intelligence」が2018年3月に発表したレポートによると、2017年の世界のモバイルヘルス(mHealth)の市場規模は242億1684万米ドル(約2兆7000億円)だった。それが6年後の2023年、約4.5倍の1100億米ドル(約12兆4000億円)まで拡大すると予測されている。年平均成長率(CAGR)は28.7%もあり、ヘルスケア分野の中でもトップクラスの急成長市場だ。
この成長分野、モバイルヘルスの中でも主役級を占めるとみられているのが「治療アプリ」である。薬でもハードウェア医療機器でもないアプリが病気を治すとは、いったいどういうことなのだろうか?
数ある病気の中には、患者自身の行動や考え方、習慣といった生活習慣を変える「行動変容」が治療の成果を大きく左右する慢性疾患がある。
たとえば糖尿病は通院しながら、血糖値などを測定して自己注射や薬の管理や、食事や運動といった生活習慣を改善すれば、恐ろしい合併症を起こすことなくふつうに社会生活を送ることができる。また、動脈硬化、高血圧、高脂血症など「生活習慣病」のほとんどは、患者が適切な生活習慣を継続することによって病気の進行を抑えることができる。アルコールや薬物などの依存症やうつ病のような精神疾患には、その治療の過程で「行動変容」が少なくないウエートを占めるものもある。
しかし、わかってはいてもこれまでの生活習慣を変えることは難しく、その患者一人では難しい「行動変容」を手助けするのが治療アプリである。
治療アプリのメリットとは何か
糖尿病の自己管理で昔からよく行われてきたのが、患者に血糖値、自己注射、服薬、食事、運動などの細かい記録(日誌)をつけさせて、それを来院時に医師や専門看護師がチェックすることで在宅時の情報を把握し、指導を行うというやり方である。
治療アプリでも同じことをするが、紙ではなく、患者が毎日、スマホアプリに測定値や服薬や食事などのデータを入力し、その日々の記録が「ログ」として蓄積されていく。蓄積されるのはアプリではなく、オンラインでつながった「クラウド」である。クラウドには、その患者の検査データや来院時の記録、診療指示、医師の所見や投薬など、病院側から提供されたデータも蓄積されている。
治療アプリは患者と医師の双方から得たデータをもとに独自の解析処理を行い、医学的な根拠(エビデンス)に基づいた治療ガイダンスを患者のスマホに送る。つまり治療アプリが、多忙な医師に代わって指示を出して、患者の生活習慣の改善を指導するというわけだ。
たとえば、患者にとって、通院する日以外は心理的に中だるみになりがちだったが、患者に個別化されたタイミングで行動変容を促す治療介入が行われることで、たとえば「自己管理を続けよう」といった意欲が維持される。そうなれば当然、治療の効果が上がる。
一方の医師にとっては治療アプリは患者の日々の記録や、行った治療ガイダンスの情報を共有したり、医学的な助言のような「診療サポート」を行ったりする。来院時、医師はそれをもとにより患者に的確な治療や指導ができる。生活実態や患者の日々の体調、病気の状態に合わせて、リアルタイムの個別対応が可能になるのである。
日本でも2019年、保険適用第1号誕生へ
世界初の治療アプリは、アメリカでの治験でその治療効果が実証され、2010年にFDA(アメリカ食品医薬品局)から承認された「BlueStar」(ウエルドック社)だった。糖尿病患者の治療を手助けする治療補助アプリで、大手保険会社から医療保険の適用が認められている。
FDAは2013年に治療アプリ承認のガイドラインを公開し、2016年10月にアップデートした。2017年9月にはピア・セラピューティクス社のアルコール依存症、薬物依存症の治療アプリが新たに承認された。それ以外にも「高血圧症」「うつ病(行動療法)」「統合失調症」「肺がん」などさまざまな病気に対応した治療アプリが開発されている。ウォール街では治療アプリのようなモバイルヘルスは、ヘルスケア産業の中でも重要度トップクラスの投資テーマになっている。
スイスのロシュは糖尿病治療支援アプリを開発中で、ファイザー、ノバルティスは治療アプリのスタートアップ企業と提携した。グーグル、アップル、サムスンなどIT大手も治療アプリに興味を示している。
日本では2014年11月、薬事法が改正されて「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)」に衣替えした際、対象の医療機器に「単体プログラム(ソフトウェア)」が加えられた。それにより治療アプリが医師に処方されたり、健康保険が適用される道が開けた。
もっとも、他の医療機器と同じように臨床で安全性や有効性を証明する治験を行って、さらに第三者機関による承認も得なければ、上市(市場に出すこと)はできない。その高い壁に挑戦し、いま上市に最も近づいているスタートアップ企業がある。
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