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「豚コレラ」が国内各地で猛威をふるっている。「食の安全」の問題は決して過去の出来事ではない。食品の加工・流通の各段階でその移動を追跡する「食品トレーサビリティ」関連のシステム需要は、世界的に見れば直近年7.1%のペースで成長すると見込まれている。ブロックチェーン、AI、IoT、5Gなど最新技術も取り入れられ、この分野にも大きな変化が起きている。欧米に比べて法制化も企業の意識も立ち遅れている日本は、成長の余地が大きいともいえる。
「食品トレーサビリティ」とは?
2月前半から「豚コレラ」が猛威をふるい、3月6日時点の農林水産省の発表では岐阜県、愛知県、長野県、滋賀県、大阪府で発生が確認されている。牛のBSE(牛海綿状脳症)と同様、人間には感染しないので一般の関心は低いようだが、かつて連日報道された「食の安全」の問題を思い出す人もいるだろう。
2001年にBSE感染牛が国内で確認され、2002年には牛肉偽装、食肉表示違反事件が起きた。2008年には事故米の不正流通が発覚したほか、中国産冷凍食品で健康被害が発生している。2013年はホテルやレストランでのメニュー表示偽装、米の不適正取引、冷凍食品への毒物混入と事件が続けざまに起き、2017年は魚の寄生虫アニサキスがクローズアップされた。缶詰やスナック菓子などへの異物混入も、毎年のように話題になっている。
特に「BSE問題・牛肉偽装事件」「事故米問題」を受け、牛肉と米については「食品トレーサビリティ」を義務づける法律ができた。
食品トレーサビリティについて、農林水産省は「食品の移動を把握できること」と定義する。各事業者が食品を取り扱った際の記録を作成し・保存しておくことで、食中毒など健康に影響を与える事故等が発生した際、問題のある食品がどこから来たのかを調べたり(遡及)、どこに行ったのかを調べたり(追跡)できると説明している。
なお、国際機関のコーデックス委員会の2004年の定義も、2007年の飼料と食品のトレーサビリティ国際規格「ISO22005」の定義も、「生産、加工及び流通の特定の1つまたは複数の段階を通じて、(飼料または)食品の移動を把握できること」となっている。
拡大する、食品トレーサビリティ技術の市場規模
なお、よく誤解されることとして、トレーサビリティは食品の安全管理を直接的に行う対策ではなく、また一般JAS(日本農林規格)のように品質を保証するわけでもない。あくまでも食品の移動を把握するための「仕組み」で、トレーサビリティが完備されても、安全性を科学的に確認することはできない。
健康被害を100%防ぐことはできず、人間の悪意も防げない。できるのは原因を究明して問題箇所をすみやかに特定すること、回収を円滑、迅速に行うこと、問題のある流通経路を避けて安全な流通経路で安定供給を維持することに限定される。
たとえれば、航空機事故が起きたら回収して事故原因の解明に役立てる「フライトレコーダー」や「ブラックボックス」のようなもので、ただ航空機に備えただけでは事故やハイジャックは防げない。しかし、事故原因を解明して同型機の改修を行い、同種の事故の再発を防ぐのには役立つ。
食品が消費者の手に渡るまで、「生産」「製造・加工」「流通」「小売」の各段階で食品トレーサビリティがきちんと機能していなければ、何か問題が起きたとき、原因の究明も食品の回収も行えず、流通は途絶えたままで解決の見通しが立たなくなる。
その結果、事業の継続性という観点で、企業は危機管理上きわめて深刻な事態に陥る。社会的な意義としても、企業の事業リスク対策としても、トレーサビリティのニーズは十分にある。
アメリカの市場調査会社BCC Researchが2017年3月に発表したレポート「Food Traceability:Technologies and Global Markets」によると、世界の食品トレーサビリティ技術の市場規模は、2016年に107億米ドルだったのが、5年後の2021年には151億ドルと41.1%拡大し、CAGR(年間複合成長率)は平均7.1%で推移すると見込まれている。派手さはないが着実な成長市場である。
日本の食品トレーサビリティの現実は?
日本では、2003年に「牛トレーサビリティ法(牛の個体識別のための情報の管理及び伝達に関する特別措置法)」が、2009年に「米トレーサビリティ法(米穀等の取引等に係る情報の記録及び産地情報の伝達に関する法律)」が制定された。
牛肉は1頭ごとに個体識別番号を付けて管理することが義務づけられ、米・米加工品は事業者に入荷の記録・出荷の記録の作成・保存が義務づけられた。2003年には、日本農林規格に食品トレーサビリティを認証する「生産情報公表JAS」が新設され、牛肉、豚肉、その他の農産物や養殖魚が認証対象になった。
しかし、食品全般を対象とした食品トレーサビリティが2006年施行の「バイオテロ法」で法制化されたアメリカ、2005年施行の「一般食品法」で制定された欧州連合(EU)と比べると、日本では牛肉と米・米加工品以外の食品はトレーサビリティの導入に法的な強制力がなく、導入するかしないかは業者の判断に任されている。
食品の加工なら原料と製品を、流通なら入荷と出荷を対応づけて記録・保存することを「内部トレーサビリティ」という。農林水産省が2017年度に451の流通加工業者を調査した結果では、「すべての食品」でそれを実施しているのは41.0%、「一部の食品」は21.1%、「実施していない」は37.9%だった。
この調査で、内部トレーサビリティに取り組んでいる理由を質問すると、「食品の回収、クレーム等の問題に対応するため(82.8%)」「食品関連事業者としての社会的責任を果たすため(77.8%)」という回答が大半を占めた(180業者/複数回答)。導入している企業は、危機管理と企業の社会的責任の両面で、その重要性を認識している。
一方、すべてまたは一部の食品で内部トレーサビリティを導入していない業者に対して、その理由を質問すると、「作業量が増加するため(41.4%)」「販売に影響がないため(39.8%)」「消費者からの要望がないため(24.1%)」「取引先からの要望がないため(21.1%)」という回答が上位を占めた(266業者/複数回答)。
そこには「法律で義務づけられておらず、誰も要望してこない。導入しても売上に影響しないようなことを、コスト増をかぶってでも行う必要はない」という事情があるようにも思われる。「食の安全」問題では、かつて記者会見で経営陣が頭を下げる映像がテレビニュースで何度も繰り返し流されたが、「のど元過ぎれば熱さ忘れる」のだろうか。
実際、食の安全の問題はいまだに、めったに起こらないリスクと片付けてよい問題ではない。WHO(世界保健機関)は2015年、全世界で毎年少なくとも5億人が食中毒にかかり、そのうち42万人が死亡しているという推計結果を発表した。2015年の世界の推計人口73億人の中の6億人だと8.2%もあり、食中毒が生じてしまう可能性は十分にある。
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