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  • 2013/09/03 掲載

【IT×ブランド戦略<特別寄稿>】電王戦タッグ・マッチが生んだ、将棋界のニューヒーロー

「どうして売れるルイ・ヴィトン」の著者が解説

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本連載で注目してきた将棋界で、大きなイベントが2013年8月31日に行われた。「電王戦2.1 棋士とコンピュータによるタッグ・マッチ トーナメント戦」である。来年3月から4月にかけて行われるプロ棋士対コンピューターソフトの対戦「第3回将棋電王戦」に向けた一種の“お好み対局”という仕立てではあったが、結果としては、プロ棋士ブランドにとって大きな希望をもたらすものになったと筆者は考える。前回の結びでは、今回はブランドの類型化をテーマにしたいとの予告をしていたが、タイミングを重視して特別寄稿の形で本記事を公開させていただきたい。

プロ棋士の仕事は「奇跡の瞬間」を見せること

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   2013年8月31日。これはコンピュータと棋士というテーマと向き合っていくにあたって、歴史に刻まれるべき一日である。

 「電王戦タッグ・マッチ」だ。

 事の発端は、2013年3月23日から5週にわたって、プロ棋士5人とコンピュータ5ソフトによる団体戦が行われた「第二回電王戦」だ。勝敗は人間の1勝3敗1分と、惨敗に終わった。

 その意味するところは本連載の第11回でも述べたが、簡単に言うと、不況や高齢化等の時代の波のなか、弱体化に悩む将棋界が大きな賭けに出た、という構図だ。賭けといっても相当に不利な賭けだ。勝って当たり前、万が一コンピュータとの戦いでもしプロ棋士が敗北してしまったら、その神秘性が失われ、ブランドそのものが消失しかねないという構図なのだ。

 ただし、もちろん、メリットもあった。

 「将棋という限定的なモデル上ではあるが、極めて複雑な知性を要求されるゲームで、人間界で最高峰の知性が機械に敗れるということは、今後人間の仕事がなくなっていくことを象徴する」という問題意識がフックとなり、世間から大きな関心を引くことができる、ということだ。

 果たして将棋連盟は、ここ最近では出色のこのイベントで、将棋コミュニティの外部にいる人々からの注目を集めることができた。とはいえ、この成果をいかに活かしていくのかというと、正直誰もよくわかっていない、という状況だと思われる。

 それを感じさせたのが、第三回電王戦の企画・開催発表だった。発表内容としては、第二回の進行上の課題は解決の方向にいくであろう、穏当なマイナーチェンジが行われるとの内容だった。「プロ棋士とコンピュータの実力が少しでも長く均衡する」ことが比較的予想されやすい変更であり、「何が起こるかわからない」というヒリヒリするようなスリルは正直なところ、感じることはなかった。

 しかしここからが、ニコニコ動画サイドのさすがの企画力である。

 第三回電王戦にむけて、プレマッチイベントを開催するというのである。

 しかも、第二回で戦ったプレイヤー同士がタッグを組み、お互いにNo1を決めるトーナメント戦をするというのである。

 川上会長自身の発言にもあったとおり、これは少年バトル漫画の定石的な構図で、生死を賭けて戦った最強の敵とのバトルを終えたあと、さらにそれを超える敵が登場したときに、ともに戦ってこれを打ち倒すという、30代ぐらいの人間にとってはたまらない図式なのであった。

しかも、機械と人間が今後「対立」するのではなく「共存」の道はありえるのか、もしそうだとしたらどのような世界が見えるのか、という大切なテーマも含んでいたのであった。

 本連載の第12回では「ゲーム化する」ということで、筆者なりの提案を書かせていただいたが、正直これは意表をつかれたし、さすがとの思いを禁じ得なかった。

 ということで、筆者もいち視聴者として当日生放送にかじりついたわけであるが、解説に森内名人を招聘するという力の入れようもあり、俄然気分も盛り上がっていたのだが、放送開始直後は期待を裏切られた感がいなめなかった。

 というのは、真剣勝負という雰囲気でもなく、対局者自身が談笑しながらゲームが行われていたからだ。

 下馬評としては、順当にいけばA級棋士の三浦氏が優勝だろう、あとは船江五段とツツカナはソフトとの相性もよく強敵になるだろうというのがおそらく世間的な見方だったと思う。一方、今回の優勝者である佐藤慎一四段は、言葉は悪いが、ダークホースであった。

 筆者もトーナメントの第一回戦で、期待の若手、阿部光瑠四段との対戦が決まり、早々に姿を消すのではないかと思っていた。

 阿部四段は16歳5か月でプロ入りした棋士である。この年齢でのプロ入りは、現行の三段リーグ制度が始まって以降では、渡辺明(15歳11か月)、佐々木勇気(16歳1か月)に次ぐ3番目の年少記録だ。

 才能勝負の棋士界にあって、若くして才能を発揮するということは将来の活躍の絶対条件とも言える。第二回電王戦でも、唯一のコンピュータへの勝利を飾ったのは、阿部四段だ。

 一方の佐藤慎一四段は、年齢制限を目前にした26歳で、三段リーグを勝ち抜けてプロ入りした棋士だ。(奨励会では年齢制限があり、一定年齢までに三段リーグを抜けないと強制的に退会となり、ごくまれな例外を除いて、プロへの道を断たれることになる)これはギリギリとはいえプロ入りしたことが良かったのか、悪かったのか、ちょっとわからないとも言える。

 もはやタイトルを狙えるような選手に育つとは、あまり期待してもらえない。しかしそれでもなお、一生を勝負の世界に身を置かなければならない。本人の気持ちを考えると、正直複雑なものがあるのではないかと思われるし、ご本人のブログにもそのあたりの、等身大な葛藤が伺える。

 そしてなにより、この佐藤慎一四段こそ、「プロ棋士として初めてコンピュータに敗れた男」の不名誉な歴史に名を刻まれた男なのだった。

 米長邦雄永世棋聖の、棋士人生を賭けた一手に対して「あれはないわー」とブログに書いてしまい、「では君がやってみたまえ」というくだりもあって、自分が引き寄せた運命であるとも言えるわけだが。

 今回のイベントにあたっても、「他人の力を借りて将棋大会で優勝しても、素直に喜べるはずがない。」という主旨の文章を公表しており、イベントが始まる前から「自分は納得していない」オーラを隠そうともしていなかったあたり、まあ、率直な人柄なんだろうと思う。

 さて、第一回戦が、この二人の対決だ。

 かたや若くして才能を証明し、将来を嘱望される若手のルーキー、かたや遅咲きの棋士。

 画面越しには、阿部四段の余裕が伺われたし、基本的には阿部四段の優勢でゲームは進んでいた。

 しかし終盤に入ってうまく佐藤四段の玉を捕まえられず、まさかの逆転を喫してしまったのだった。阿部四段の表情がみるみる引き締まり、必死に取り戻そうとしても後の祭り、であった。

 そしてこの佐藤四段、二回戦で塚田九段にも勝利し、なんと決勝にまで残り、A級棋士の三浦九段と対戦することになったのだった。

 ここまでくると、三浦さんには悪いが佐藤さんにはぜひ勝って欲しいという雰囲気も生まれ、談笑ムードで始まったこのトーナメントに、不思議な緊張感が漂うようになっていた。

【次ページ】新たなヒーローの誕生
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