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  • 2014/11/07 掲載

将棋電王戦を支えているのは、超確信犯的ミスリードによる壮大な誤解かもしれない

【IT×ブランド戦略(29)】

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「プロ棋士VSコンピュータ将棋ソフト」という図式でここ数年、社会の幅広い注目を集めてきた、将棋電王戦。様々な趣向でプロ棋士との対局数が重ねられ、コンピュータ将棋ソフトの実力が極めて高いということが明らかになってきた。プロ棋士というブランドは、歴史上初めて強力な競合が登場するという、大きな外部環境の変化にある。これが次世代に受け継がれるために、変えてはいけないもの、変わらなければならないものを考えることは、ブランド作りに携わる全ての人々にとって大きなヒントとなるように思える。

「プロ棋士VSコンピュータ将棋ソフト」をファンはどう見る?
大別される3つのグループ

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「プロ棋士VSコンピュータ将棋ソフト」という戦いの先に起こり得るブランドイメージの暴走とは?
 現在、プロ棋士というブランドを取り巻く環境に、大きな変化が訪れている。突如として、コンピュータ将棋ソフトがトップクラスのプロ棋士に勝利する姿が様々なメディアでクローズアップされ、将棋に関わる様々な立場の人に驚きを与えている。これは極めて危機的状況だと論ずる人も少なくない。

 ブランド論的な観点では、環境が大きく変化したときに、ブランドが戦略的に新たなポジションを獲得するためには、どのようなアプローチがあり得るのか、という点を考えてみたくなる。

 まず現状を整理すると、昨今のコンピュータ将棋界とプロ将棋界を巡る現在の観客側のスタンスとして、大きく分けると3つの陣営(グループ)にわかれているように思われる。

 第1のグループは、良識あるコアなプロ棋士ファンだ。彼らの中には、将棋ソフトとプロ棋士同士の対局とは、同じ将棋でも全く性格が異なるものであるという認識が広がりつつある。それは、「勝負」という一面でだけ見ると、確かにコンピュータ将棋ソフトは強い。しかしその強さはプロ棋士のそれとすこし種類が違う、という見方だ。

 そのなかで「棋士への憧れを下手に傷つけかねないイベントは、もう終了して欲しい」という気分がある。ただ、同時に、トップ棋士とトップ将棋ソフトとが対局したらどうなるのか、コンピュータとの協力によってもしかしたらもっと将棋が面白くなるかもしれない、という興味もある。ということで、熱心なファンのグループにおいては、電王戦を支持するか否かの見解はわかれるところでもある。

 第2のグループは、大多数のライトなファンである。棋士に対する漠然とした尊敬の念を素朴に掲げて「アスリートとして、困難な状況に立ち向かう姿を見せて、勇気づけてほしい」「これまでになかった新たな舞台設定で、いい試合を見せて楽しませて欲しい」という、ある種お気楽なスタンスでことの成り行きを楽しみにしている。

 最後のグループは、コンピュータ将棋の積極的支持派である。将棋ソフトの開発者にだって歴史があり苦労もあり、脚光があたって然るべきである、というわけである。プロ棋士の栄光の輝かしさゆえの恨みつらみもあいまって、「棋士が名誉を独占するのはそもそも不当なことである、コンピュータを使って勝利して、今こそ威光を失墜させるべし」という過激な人々もいる。

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コンピュータ将棋界とプロ将棋界に注目する観客側のスタンスは、3つに大別されると筆者は考える

 イベント主催者のドワンゴが最も獲得したいのは、世間からの注目、つまりライトかつボリュームの大きいファン層から関心を得ることであり、いかにここを増やせるかというところが最大の関心事であろう。

 当事者である将棋連盟としても、普及活動やネットの活用といった面で、この点では利害を共有している。しかし、これらの人々は基本的には浮動票で、ショーに飽きると去っていくものだ。果たして彼等が長期的にお金や時間を費やしてくれるコアなファンになってくれるのかというと、なかなか微妙なところであろう。

「プロ棋士VSコンピュータ将棋」の戦いの先で起こり得る
ブランドイメージの暴走

連載一覧
 電王戦という興行の面白さとは「プロ棋士VSコンピュータ将棋ソフト」の対立構造を煽ることによって演出されているが、これをやりすぎると、第2、第3グループの人々は歓喜するが、最も大切なお客様である熱心なファンたちが離れていく。改めて考えると、電王戦とは極めて難解なバランスの上に成立しているイベントである。

 そもそも「プロ棋士VSコンピュータ将棋ソフト」の対立構造を煽ることが、どうして第一群の人々の気持ちを醒めさせるのだろうか。

 これを考えるにあたって、まず、今回起きていることが「ブランドイメージの暴走」の副作用である、ということを前提として考える必要がある。

 商品に対するそれと違い、組織に対するブランドイメージが急激に変化することは稀なことである。まず、第25回で見たとおり、そもそも組織ブランドとは、そのあり方が再帰的なものである。一度組織のブランドイメージが確立されると、それに適合する人間が集まるようになるので、そもそもその性質は、変化しづらいように構造化されている。

 また、ブランドイメージの成立過程も見逃せない。その組織に関わる人々の良い面、悪い面の両面を踏まえた自然な姿が総合的に認知され、その結果として一定の期待が生じるという形でイメージが確立されるため、それを極端に覆すような事象そのものが、発生しづらい。

 認知バイアスの寄与も重要である。「○○出身者は××だ」というイメージがあってはじめて、人はそれに合致する現象を見出すようにできている。イメージに反する事象は、はなから発見されないのだ。

 上記のような背景のもと、一度生まれたブランドイメージは、核に分子が結晶化するかのように、単調増加的に成長していく。一方的にブランドイメージがひとり歩きする様は「ブランドイメージの暴走」という言葉を想起させる。

 たとえば「慶応ブランド」だけでなく「早稲田ブランド」がある、といったような、「同ジャンルにおける競合」があればその価値は相対化され、暴走は抑制されるというものだが、棋士や力士といった存在に対しては、そのような競合も存在しない。超人的な差し回しを観戦して、「もはや神様にしか見えない」と感じる背景にはそのような構造がある。

 そこに「将棋ソフト」という、ちょっと刺激が強すぎる競合が急に世間にデビューしたため、ショックも大きかったわけだ。これを「人類の誇りが・・・」なんていう問題にダブらせたのは、イベントを仕掛けた人達の、実に巧妙なミスリードである。

【次ページ】プロ棋士は「勝ち負け」とはちがう価値をつくらねばならない
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