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  • 2013/04/24 掲載

【IT×ブランド戦略(10)】将棋「電王戦」にみるブランドコミュニティの拡大

「どうして売れるルイ・ヴィトン」の著者が解説

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アンパンマンの事例で見たとおり、ブランドコミュニティの中心部、辺縁部、外部という三つの層がうまく循環したときに、ブランドは安定した収益をあげることができる。それでは、人がブランドと出会うとき、いかにして外部から中心部へと歩んでいくものなのだろうか。今回は「ブランドコミュニティの成長」について将棋界をヒントに読み解いていく。

(T_T) の悲劇

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 これまで見てきたように、ブランドコミュニティは中心部、辺縁部、外部によって構成される。中心部にいるのは主観的にその価値や世界を享受している人々だ。辺縁部にいるのはそれを認識しているものの、「美味しんぼ的葛藤」を一定のレベルで持っている人々。「外部」とは、基本的に無関係であり、そのブランドを認識していないということを意味している。

 アンパンマンの事例で見たとおり、この三つの層がうまく循環したときに、安定した収益をあげることができる。それでは、人がブランドと出会うとき、いかにして外部から中心部へと歩んでいくものなのだろうか。

 “タブレットでメールの送り方を習っているシニア女性。メッセージで使う顔文字の意味を一つひとつ解説するなど。「誰かが亡くなったときは、(T T)を送ればいいんですか?」と聞かれ、全力で止めた。”

 これは、ある日目にした、知人のツイートである。その知人とは、高齢者向けのPCスクールで講師をやるかたわらシニア向けのユーザビリティ研究、シニアマーケティング支援コンサルティングを手がけるコンサルタントである。

 ツイート内容そのものは、単なるちょっとしたブラック・ジョークみたいなもので、「おばあさんが若い人の輪に入ろうと頑張っているのはいいが、その文化を深く理解しないままに積極的に発言したところ、誤用の仕方が絶妙で意味合いが皮肉になってしまった」という、ごくシンプルな構造の話だ。一体これとブランド論に何の関係があるのかと言われそうだが、本ブランド論の考えるブランドコミュニティの観点では、極めて興味深いヒントを与えてくれるのである。

 私が学生だったころ、片平秀貴教授(当時)のブランド論についての講義を受けていて、BEAMSの話を聞いたことが印象に残っている。創業当時の社長の話によると、「ショップが有名になると、ファッションセンス的な観点上、来て欲しくない層のお客さんが増えるため、それをショップの閉め時だと判断していた」そうである。今時の表現をすれば、「あえてキャズムを超えないで、イノベーター、アーリーアダプターだけ相手にしている」ということになるだろう。(これは創業から間もない頃の話であって、現在もそのような経営を行なっているかは筆者は確認していない。)

 この話を聞いて、軽いショックを受けたので、この話は鮮明に覚えている。普通に考えれば、広い層の顧客が来てたくさんの人々に知られ、大きな売上があがって初めて成功といえるわけで、通常の企業であれば、さあこれからたくさん売って利益を上げようと考えるところだ。しかし、自分と共感してほしい前衛的な感覚を持った人は、「評判だけを頼りにあとからやってきた人」がやってくると離れていってしまう。そもそも、発信するスタイルが広い層に浸透してしまうとそれはもはや最先端とは言えなくなってしまい、創業者の理想とするあり方と反してしまう。

 この問題は、ファッション業界だけに限らずブランド一般においても直面する課題だ。音楽業界でも「インディーズのころはよかったけど、メジャー・デビューしてから変わった」とか、飲食店でも「個人経営のときは素晴らしい料理を出していたが、チェーン店化してからダメになった」とか、よく聞く話ではある。規模は大きくなっても話の構造は変わらない。経済成長するなかで過去には日本人が、そして昨今は中国人がルイ・ヴィトンを買い漁る様を、本国のユーザーはこころよく思っていない・・・といった話は有名である。

 ブランドの運営者はここで、質を追うか量を追うかという二者択一を迫られるわけだが、常にファッション界の先端であり続けることを選択して、創業当時のBEAMSは極めてストイックな姿勢をとった、ということだ。ちなみにルイ・ヴィトンに関しては流行の最先端とボリュームを両立させてしまうという荒業を成し遂げた。(この秘密に迫ったのが、「どうして売れる、ルイ・ヴィトン」という書である。)

 この問題をあらためて整理すると、「トレンドやその本来の意味をよくわかっていない人でも、とにかくブランド物を持てば正当なるファッションになると考えることがある。しかしその行為によって、その物が微妙にずれた文脈に投げ込まれ、結果、当事者が滑稽に見えることになる。このようなことが多発すると、ゆくゆくはブランドの屋台骨を揺るがすことにもなり得る」ということになる。あえて名付けるとすると(名付けるというほどの大仰なものでもないが)「ブランド拡大期のジレンマ」といったところだろうか。

 これはユーザー側だけが責められる問題でもなくて、必要なシーンに際して不慣れではあるがその場のコードに合わせなければならないようなことは、多々あることである。孫と触れ合いたいとか、誰かと近づきになりたいとか、新しい場に一歩踏み出すとき、そのコミュニティに関する文化を身に付けることで、入場権を得たいと考えるのは人情である。しかし正しく文化を身につけるためには時間もかかる。そこで手っ取り早くお金でかえるものを・・・というわけで、その象徴となるアイコンを手にするのである。

 しかしやはりそれは危険な行為である。今日の社会においては、細分化された様々なコミュニティのなかで微妙な差異化や独自の文化が形成されており、そう簡単に溶け込むことは難しい。そう、誰だって一歩間違えれば、「ご逝去の報に接し、心からお悔やみ申しあげます(T_T)」ということになりかねないのであった。

 ブランドコミュニティの中心部には特有の文化やルール、コードが存在している。そしてそれこそが、ブランドの力の源泉である。しかしその力が高まって辺縁部、外部に対して吸引力を持った暁には、「ブランド拡大期のジレンマ」を抱えることになる。そこで中心部にある文化を純度の高い状態で保つことを目指すのか、それを基軸にしてマスに展開するのかは企業の好みによるところだが、どちらに進むにしても困難な課題に直面することになる。

 一体どうすれば、ブランドはスムーズにコミュニティを広げていけるのか。
 筆者は実は、この問題に対する一つの回答が、昨今のプロ将棋界に示されていると考えている。

【次ページ】将棋コミュニティの豊穣なるブランド世界
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