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  • 2012/11/29 掲載

【IT×ブランド戦略(5)】ブランドと効用

「どうして売れるルイ・ヴィトン」の著者が解説

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提供者と受け手の間に成立している共通の諒解としてのブランドイメージが「効用の先取り」を生んでおり、それが商品の販売/購入を促進させる触媒のように機能していることは、前回に指摘した。しかし現代の消費社会においてはその肝心の「効用」という概念そのものが多義的であり、このことが商品やサービスの設計を難しくしている。今回は、今日の消費社会における「効用」という概念の孕む難題について論じたい。

コンセプト主導の商品開発

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 考えてみれば当たり前だが、得られる効用に対して、支払うコストが自分にとって適切であると前もって判断できれば、誰だって安心して物を買うことができるものである。ごく単純な例で考えると、吉野家の牛丼を食べたことのある人であれば、「いますぐ小腹を満たしたい」「次の予定まで15分ほどの余裕がある」「目の前でお店がやっていて、空席が確認できる」「他のファストフード店は周囲に見つからない」という条件が整った場合、入店するための判断時間はもののコンマ数秒で済む。言ってしまうと当たり前の話だが、私たちの消費生活はそのように送られている。

 小腹を満たしたい人に、一杯の牛丼を手早く、安価に提供する。効用という概念が、この喩え話のように、単純素朴なものであれば話は早い。

 例えば、豆腐が提供する最も基本的な機能は、「人の体に栄養を与える」ということだけでありそれ以外に求められているものはないと考える。その品質は、原材料と製造及び流通プロセスで決まる。自動車が提供するのは、「移動」という機能だ。そしてその品質として問われるのは、燃費、操作性、乗り心地である。携帯電話であれば、「持ち運び出来る電話で遠くにいる人と話をする」ということが機能になる。当然、音質と良好な電波環境がその品質を決める。

 このように、物が果たす役割が一義的なものであれば、購入するかどうかを判断する基準は、その物が求められる役割をどの程度の品質で果たすか、ということになる。それが満たすべき品質基準を設定することは容易であるし、そこから逆算して、十分な品質を実現するための製品設計、生産プロセスも明確に定式化できる。ここまでくれば、ビジネスとして実際に運営するための立ち上げ計画も簡単に描ける。あとはそれを提供するためのインフラを整備するための資本さえ準備できれば、誰でも生産システムを構築できる。

 あらゆる物がそうしたあり方をしている世界にあっては、きっと広告とは品質保証そのものになるだろうから、もしそんな世界があったら、目を引くようなクリエイティブは不要なものになってしまうだろう。

 これはあながちSF的な空想であるとも言えなくて、物そのものが不足している状況とはつまり、そういうことだ。とにかくトイレットペーパーが不足しているとき、人はそこにトイレットペーパーがあれば、購入する。きっとそこにはキャッチコピーは要らない。

 しかし現実に物を買うときは、そうはいかないのが通例である。例えばホンダのステップワゴンという車種のテレビ・コマーシャルが、私達にヒントを与えてくれるように思われる。

 見たことがある方も多いと思う。それは家族で休暇を過ごす道中のひとこまを描いた映像だ。ステップワゴンで山へ出かける家族。子供たちと妻の笑顔とともにテニスラケットや虫取り網、釣竿といったモチーフが踊る。BGMにBen E KingのStand by meが流れ、朗らかに、高らかに家族とのふれあいのイメージがプレゼンテーションされる。大変魅力に満ちた映像だ。観ていると今すぐにでも出かけたくなる。

 ここで商品のポイントとして訴求されているのは、単なる「燃費、操作性、乗り心地」だけではない。装備はもちろん、空間の設計や気持ちを盛り上げるデザインも含めて、「家族で行楽にでかける」というシーンに最適なあらゆる要素が盛り込まれていますよ、ということが主張されている。ちなみに「STEPWGN」というブランド名の「WGN」は子供が綴りを間違えてしまった可愛らしさを感じさせるために、あえて「WAGON」ではなく「WGN」という表記が採用されたと言う。

 ホンダ社が想定しているステップワゴンの購入者とは、すなわちその効用として文字通り「家族との触れ合いの時間を盛り上げ、絆を深めてくれること」を求めている人なのである。この事例からわかるのは、いまや車の「効用」とは単なる「移動手段」にはとどまらず、車を利用する特定のシーンに対してきめ細やかに、複合的に組み合わされた、最適な機能とイメージの総体のようなものになっている、ということだ。

 私達が暮らすこの社会は、物が満ち足りたと言われてから数十年の時が過ぎている。工業化と情報化を経て、基本的な量産技術はすでに確立されており、必要最低限な物資の生産力は消費量を上回っている。そして同一ジャンルの製品の提供者には必ず複数の企業が存在し、互いに切磋琢磨をしてシェアを争っている。気を抜くとたちまち競合他社に売上を奪われ、明日の売上を作れなくなってしまう。

 このようにして、今日のこの社会においては、物はどこでもあふれており、基本的な機能を提供することだけで製品が売れるとは誰も考えなくなっているのだった。こうした考え方はもはや、常識の域に達している。

 そこで、販売力を高めるために必要なのは「差別化」であり、「付加価値」であるという考え方にもとづいて商品づくり、サービスづくりは推進されてきた。例えば、同じ自動車の車種を開発するにしても、自分たちが提案する商品は、これまでと同じ機能にとどまらず、必ず新たな機能やよりよいデザインが付加されるべきである、という考え方にもとづいて、多面的な品質向上が図られてきた。

 ちなみに、最も価値の高い付加価値とはこれまでにない、全く新たな機能を提供することであり、新たな市場を創りだすような価値だ。昨今「イノベーション」という言葉ももう耳慣れた用語になったが、携帯電話やWindowsはまさしく90年代におけるイノベーションだった。

   IT環境が急速に整備されている昨今でこそ、ウェブサービスの世界では毎年のように先端的な事業が生まれている。このような文脈のなか、「イノベーションを起こし続けること」そのものがブランドの中核になっていることも増えている。多くのベンチャー企業の活躍もこの土壌によって引き起こされている。今現在、その象徴、中核として大きなインパクトを与えているのがAPPLEである。

 環境そのものが毎年革新されていくインターネットの世界でこそ、毎日のように驚くべきイノベーティブな製品やサービスが生まれているが、そうはいっても私達がリアルな生活で享受する物やサービスの多くでは、あらゆる企業がイノベーションを起こし続けるわけではない。このテーマは重要であるが、後日、掘り下げて論じたい。

 話が少しそれてしまった。ともかく、私達が日常的に接する商品やサービスの世界のありようは、このようなパターンが定型化されている。ある企業が興したイノベーションによって、ひとつの新たなジャンルが確立される。それによって新たな市場が創造され、そこに競合他社が参入し、付加価値、差別化による競争状態が生まれる、という流れである。
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