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  • 2013/06/20 掲載

【IT×ブランド戦略(12)】「将棋ミク」は救世主になるか?

「どうして売れるルイ・ヴィトン」の著者が解説

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古き良き愛棋家は、こう言う。「人間に優るコンピュータを作るなど、プロ棋士の天才性を汚し、貶める悪魔の所業である」と。確かに、プロ棋士とは「地球最強の頭脳集団」ということがブランド価値の源泉であって、相手が例え機械であろうと、他の存在に遅れをとっては、その価値が雲散霧消してしまう危険がある。 数百年もの間君臨してきた、棋士というブランドを守り、発展させる一手はありえるのだろうか。ブランド論の立場から(またも勝手ながら)提案したい。

実は斜陽化していない?将棋界

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 「第二回電王戦」では5名のプロ棋士と5つの将棋プログラムが団体戦という形式で対決する、という趣向だった。そして結果が人間側の一勝三敗一引き分けだった、ということは有名な話である。

 ライトな将棋ファン(または将棋から離れていた一見さん的な人々)と、コアな将棋ファンとの間ではかなり反応に差があって、前者は「面白い取り組み」「プロの意気込み、意地に感動した」という好意的な反応が多いのに比べ、後者は喧々諤々、肯定派もいれば否定派も入り乱れ、大論争を引き起こしている。

 否定論者の主張はほぼ一点に集約され、「人間に優るコンピュータを作るなど、プロ棋士の天才性を汚し、貶める悪魔の所業である」といったところだろうか。数多くある将棋愛好家のブログの全てをチェックできているわけではないが、コメントによっては「文化の破壊」などちょっと物々しい表現も見られる。

 「初めてコンピュータ将棋プログラムに敗北した男性プロ棋士」という称号は、今となっては、いつ誰が背負ってもおかしくなかったと誰しもが思うところだが、その運命を引き受けたのは佐藤慎一四段だった。佐藤氏はブログを運営しており、この対局にあたっても思うところを述べていたわけだが、敗戦からしばらくのあいだ、コメント欄は大荒れに荒れて、炎上していた。

 特筆すべきは、例えば、「もうプロを「先生」って呼ぶのやめます と言うか、将棋辞めます」と、棋士を敬愛し、場合によっては目指しているかのような人からの罵声が意外と多かったということだ。逆に、プロ棋士が将棋を指すところを初めてまじめに観戦した、というような人のほうが「勇気をもらいました!」という素朴なコメントを寄せていたようだ。

 そもそも炎上は「有名人や有名企業が引き起こした揉め事に、あまり関係のない一般人が日頃からのやっかみや欲求不満をぶつけて、からむ」という構図がよく見られる。今回は不思議なことに、その構図が逆だった。

 敗北してしまった自責の念はもとより、心ない言葉を投げかけられることのダメージ、精神的葛藤はもちろん想像を絶するし、安易な慰めの言葉も安易な罵倒も無意味に思えるわけだが、実は佐藤四段こそ、第一回電王戦で敗北した米長邦雄元名人が指した「コンピュータの初手▲7六歩に対して2手目△6二玉」という戦法に対して、これを「奇をてらった手」だとして、「プロ棋士は堂々と戦いに挑むべし」と主張し、「では君が指してみなさい」ということで今回の団体戦に選抜されたその人でもあり、外野からすると、なかなか本当に味わい深い話なのである。

 逆に、コンピュータ将棋を推す声としては、「もともと将棋は誰かの所有物ではなくて、人類の財産なのだから日本将棋連盟などという私的な団体がこれをさも独占するかのようなことが、そもそもけしからん。コンピュータはどんどんトップ棋士を負かして、その名誉を剥奪すればよい」という意見も散見される。

 しかし実はこれも、ある意味で否定派の意見の裏返しであって、どちらにしても「これまでは人知の及ばない神の領域で才能を発揮してきた、人ではあるが、私にとってはほぼイコール、神」という絶対的な存在が侵されたことのショック、これが最大のポイントだと思われる。

 これは例えば、企業ブランドで同じ事が起きてしまったらと考えると、相当深刻な事態ではないだろうか。「お金持ちにしか買えなかったルイ・ヴィトンのバッグが、誰でも買えるようになって、有り難みが薄れた」ということに多少似ているかもしれない。やはり、ブランドというものの魅力には神秘性が不可欠であって、そのベールを剥いでしまうとそこにあった魅力も雲散霧消してしまう。

 しかしものは考えようだ。もともと将棋界は斜陽産業であり、放っておけばスポンサーごと沈んでいくことは明らかだった。どんな話であれ、話題を作って注目を集めない限り、未来はない。今回の件があろうとなかろうと、いずれにしろ将棋界はその尊敬を維持するのは難しかっただろう、という見方もある。

 そもそも、将棋産業がどれほどの市場規模なのか。一昔前のデータだが、2005年のレジャー白書では、「将棋人口は840万人」「市場規模は50億」というデータも出ていたようだ。この市場規模は(算定方法は色々あるとしても)「えっ」というほど、小さい数字だ。

 ちなみにご存知「パズドラ」で大躍進中のガンホー社は、「2013年度第1四半期の営業利益186億円で、前年同期比7383.9%増」というニュースが耳に新しい。

 携帯ゲームと将棋を一緒にするな、という声もあるかもしれないが、「ゲーム」という視点でみれば同じようなもの。それでも「なんでもかんでもお金に換算するな」という声もあるかもしれない。しかし、そうはいっても、この圧倒的な差は、なんなのだろう。

 そして追い打ちを掛けるがごとく、2013年のレジャー白書速報の指摘、これもまた残酷なのだった。

 60 代と70 代に分けて参加率を比較してみると、男性では「催し物、博覧会」「囲碁」「将棋」などで 70 代が 60 代を 10 ポイント以上、上回っていることがわかった。高齢化が進展するなかで今後の余暇参加率がどう変化するか、年代ごと、種目ごとの推移が注目される。(引用終わり)

 否が応でも連想せざるを得ない「高齢化」という言葉。

 やはり、将棋そのものがもはや斜陽産業であって、愛好家は高齢化の一途を辿り、業界は風前の灯、今回の一件もイタチの最後っ屁とばかりに足掻いて見せただけ、ということなのだろうか。

 しかしこれが、どうもそうでもないようでもある。2011年9月13日の朝日新聞の記事から引用してみたい。

 2011年版「レジャー白書」によると、こう書かれている。

 昨年の囲碁人口は610万人、将棋人口は1200万人だった。ともに09年の結果とはほぼ横ばいだが、08年は囲碁250万人、将棋690万人だった。大きく膨れあがったのは、調査方法を切り替えたのが理由だ。  レジャー白書は09年調査の2010年版で、用紙を渡して直接書き込む従来の方式から、インターネット調査に変更した。すると、囲碁人口は前年の約2.6倍にあたる640万人、将棋も約1.8倍の1270万人に急増した。(引用終わり)

 そもそも調査対象やそのデータ分析の信頼性にツッコミを入れたくなる話だが、ひとまずそれをおいておき、単純にこれを受け入れたとすると、「ネット文化が隆盛し、趣味が多様化するなか、その流れに取り残された結果、斜陽化、高齢化のなか衰退しつつある将棋界」というイメージが、単なる思い込みだったかもしれない、ということになる。

 むしろ、「インターネットのおかげで個人同士が気軽に対局する機会も増えて、実は非高齢者の間でもじわじわと人気を取り戻していた将棋界」もまた、そこにあったのだ、ということだ。

 それにしても、1270万人という将棋人口はすごい。そして、ゲームそのものを楽しむのは無料だとはいえ、本当にこれの市場規模が50億円だとすると、とんでもなく大きな機会損失があるとしか思えない。  敗戦濃厚な将棋界の起死回生の一着、というテーマで書こうとした本稿であるが、意外なことに、むしろ宝の山が眠っている可能性も出てきた。

 次項にて、その可能性について具体的に探ってみたい。

【次ページ】実はコンピュータのお手本は、プロ棋士がお手本
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