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  • 2019/08/08 掲載

上野千鶴子氏が予測、「ダイバーシティ軽視で日本の大企業は“巨艦沈没”する」

上野千鶴子氏インタビュー(中編)

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6月、女性活躍推進法の一部を改正する法律が公布された。女性活躍に関する情報開示の義務対象が拡大するなど、女性の労働状況に関わる情報の公開が強化される。表面上は女性の職場における活躍の機会増加や、権利の向上を促す施策が打たれているようだが、社会学者・東京大学名誉教授 上野千鶴子氏は「現状の女性活躍は絵に描いた餅」と酷評する。女性活躍の表と裏、そして女性差別を内包した企業の慣行がもたらす未来を同氏が語った。
聞き手:編集部 佐藤友理、執筆:鈴木恭子、撮影:濱谷幸江

聞き手:編集部 佐藤友理、執筆:鈴木恭子、撮影:濱谷幸江

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社会学者・東京大学名誉教授 上野千鶴子氏


日本の“女性活躍”と“女性活用”

──6月、女性活躍推進法の一部を改正する法律が公布されました。政府は「女性活躍加速のための重点方針」などを打ち出しています。

上野氏:「女性活躍推進法」はできましたが、実効性がありません。本気で取り組む気があるのか、疑わしいです。政府が「女性活躍」をアピールしているのは外圧があるからで、現状はひどいものです。たとえば、東京大学の女子学生比率は20%未満ですし、女性教授は7%です。海外の教育機関に顔向けできないほど酷い数字。国辱ものです。

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 民間には、女性を“上手に活用”している例なら、いくらでもあります。数年前、出版界で女性編集長ブームが起きました。これまで男性しか編集長にならなかった一般誌や文芸誌で、女性編集長が増えたのです。

 なぜでしょうか。答えは簡単です。出版業界が衰退産業になったからです。

──どういうことでしょう。

上野氏:成長期にある産業は、指揮官の手腕に関係なく成長します。一方、衰退産業では、指揮官のマネジメント能力が業績を大きく左右します。

 この時に誰がマネジメントしてもうまくいかないほど衰退している場合には、女に責任を押し付けて、幕を引かせる。これが女性活用です。小才のある男は早めに泥船から逃げますからね。


──「女性は労働力として扱いにくい」と考えている日本の経営者も少なくありません。経営的な観点から見ると、女性の登用はコスト的に見合わないのでしようか。

上野氏:いいえ。差別型企業は競争力が低下します。男女間の労働条件格差を研究している同志社大学 政策学部 教授の川口章さんは、平等型企業と差別型企業を比較検討しました。結論を言うと、平等型企業のほうが、売り上げ高経常利益率が高い、すなわち経済合理性が高いんです。しかし、差別型企業が平等型企業に移行するかといえば、答えはノーです。

──経済合理性が低くても差別を続ける理由は何でしょう。

上野氏:自己変革する動機付けがないからです。差別型企業であっても均衡が保たれている。つまり、困った均衡であっても均衡は均衡、それが保たれている以上、均衡を崩すコストが高すぎるのです。

 具体的に説明しましょう。多くの日本企業は「新卒一括採用」「終身雇用」「年功序列」という雇用制度を採用しています。これは、1つの集団に長く居座った人が後払い方式でお金をもらえる制度で、ホモソーシャルな(homosocial、同性間の連帯)既得権益コミュニティを構築しています。その既得権益を享受している男性たちは、この制度を手放す理由がないのです。日本型雇用の崩壊が指摘されて何年も経ちますが、新卒一括採用を止めることすらできていません。

 こうした均衡をシカゴ大学教授で経済産業研究所客員研究員でもある山口一男さんは「劣等均衡」(制度の集まりのセットとしては、他に優れたセットがあっても、それに変換できない状態)だと指摘しています。

 そしてこれが結果として巨大な「外部不経済」(市場の外部にある貨幣に換算されない不利益や損害)を生んでいる。要するに、女性の活用に失敗しているのです。

日本の大企業が突然沈没する日

──日本企業の国際競争力低下や生産性の低さは喫緊の課題です。

上野氏:このままでは“巨艦沈没”が起きます。

 企業は3つの市場で競争しなければなりません。それは「商品市場」「労働市場」「金融市場」です。差別型企業と平等型企業がこの3市場で競争したとします。そうすると、ダイバーシティを取り込んだ平等型企業のほうが圧倒的に有利になります。

 私はダイバーシティの第一歩は、女性活躍だと思っています。女性を取り込めない企業に外国人労働者は取り込めません。男性が大多数を占める企業組織の中に「女性」という異文化を取り込むことは、「外国人」という異文化を取り込むよりはるかにコストが安いのです。言語習得コストは必要ないし、日本文化に習熟しています。そして日本の女性の学歴は高い。外国人を使うよりコスパがよいはず。そして働きやすい職場には優秀な人材が集まります。

 「商品市場」は基本的にダイバーシティから成り立っています。当たり前ですが、一般消費者は男女が半々です。「市場」とは多様なローカルマーケットの集積ですから、ダイバーシティを取り込んだところが商品市場で優位に立てる。

 「金融市場」では、投資家に優良企業であることをアピールしなければいけません。当然、投資家は業績の良い企業を選びます。「劣等均衡を保った利益を生まない企業」に投資する人はいません。

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 企業には衰退して市場から退出していく企業と、勃興して市場に参入していく企業があります。これがうまく廻れば、経済の好循環が起きます。ですから、ここで平等型企業になれない差別型企業は熾烈な競争から退出していく。市場から消えていくのです。 ですが、現在の市場はグローバル化しており、国境で閉じていません。

 多くの日本の大企業は差別型企業です。大企業は市場の中で有利なポジションを維持しており、国から保護されることもある。だから差別型企業といえど、ちょっとのダメージでは倒れません。では何が起きるのか。日本の大企業はしだいに競争に負けて”巨艦沈没”するでしょう。そして、外資系企業が日本の市場に参入し、最終的には乗っ取られるというシナリオです。

【次ページ】劣等均衡を破壊せよ
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