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日本でもようやくダイバーシティ(多様性)の重要性が理解されるようになってきた。ダイバーシティ・マネジメントは、日本では女性やLGBT、障がい者に関連づけて語られることが多いが、なぜ必要なのかを理解している人は少ない。そこで本稿ではダイバーシティの意味や米国でのダイバーシティ誕生の背景、日本でのダイバーシティの動向、ダイバーシティ実現に必要な仕組み・制度などについて解説する。さらに、P&G、資生堂、日立におけるダイバーシティ・マネジメント先進企業の実践事例も紹介していこう。
(監修:LGBTコンサルタント 増原裕子)
「ダイバーシティ」とは何か?
「ダイバーシティ」という単語が「多様性」を意味することは、ビジネスパーソンの多くが知っている。それでは、企業経営における「多様性」とは何なのか。特に日本のビジネスでのダイバーシティの過去・現在・未来をどう捉えればいいのか。こうした質問に対する回答はまだ用意されていない。ダイバーシティの浸透度は、まだその程度なのだ。
『日本の人事部』掲載の「
人事労務用語辞典」には、以下のように記載されている。
ダイバーシティ:
市場の要求の多様化に応じ、企業側も人種、性別、年齢、信仰などにこだわらずに多様な人材を生かし、最大限の能力を発揮させようという考え方。1990年代のアメリカで浸透し、旧日経連、日本経団連などで研究が重ねられていますが、一般にはいまだ単なる人材の多様化と理解されている場合が多いようです。
現在のビジネスにおいて「ダイバーシティ」とは、あくまでも経営戦略的なマネジメントのことであり、最近では、「ダイバーシティ・マネジメント」という言葉が使われるようになっている。しかし、この概念が誕生した当初は、今とはかなり趣きを異にしていた。
米国で「ダイバーシティ」が誕生するまで
ダイバーシティの議論は「人種のるつぼ」米国で1960年代に始まった。奴隷制度が廃止されてもなお、黒人に対する差別が存在していた米国では、黒人を中心にした人種的マイノリティによる、選挙権などの平等な権利を求める公民権運動が活発化していた。その是正のために政府は1964年、新しい「公民権法」を制定し、企業の人種や性別による差別を禁止。企業はその法律を遵守し、人種的マイノリティや女性の採用を行うようになった。
しかし70年代まで、従業員と企業の間の人種や性別による差別に対する訴訟事案も少なくなく、ダイバーシティの議論は、まだコンプライアンスやリスク回避という消極的な意味合いしか持ち得なかった。
ところが80年代になると、企業がCSR(企業の社会的責任)を積極的にアピールする時代となり、ダイバーシティも「誰もが差別されることなく平等な機会を得て働ける企業」というイメージ戦略の文脈で語られるようになっていく。
同時に、労働人口に占める女性や移民の比率が高まる中で、企業の間で「グローバル化に対応するにはダイバーシティは不可欠」という意識が次第に広がり、女性や障がい者、高齢者、外国人などを労働力として積極的に採用し始めた。この頃から「ダイバーシティ・マネジメント」という経営戦略が叫ばれるようになっていった。
さらに90年代以降、ダイバーシティは単に性別や人種、国籍、年齢などの属性の違いだけでなく、能力や経験、価値観や習慣など、目に見えない多様性をも意味するようになる。そして「異質な価値の共存こそが、企業の成長に不可欠なイノベーションにつながる」という企業経営戦略のスタンダードとして位置付けられていく。目的ではなく、手段としてのダイバーシティが登場したのだ。
日本の「ダイバーシティ」の文脈
「人種のるつぼ」米国に対し、日本は単一民族国家ではないにしろ、なかなかの均質社会である。特に、企業の雇用活動では、日本は「新卒、男性中心、日本人のみ」による終身雇用という独自の特徴で「ガラパゴス的」に成長してきた。
日本では、1986年の男女雇用機会均等法施行、1999年の男女共同参画社会基本法施行の中で「女性の社会進出」は社会的に認知されるに至ったが、近年までそこから踏み出すことができずにいた。
ところが、2000年代に入り、少子高齢化の急速な進展を背景に、労働力不足が深刻化。さらに顧客ニーズの多様化、経営のグローバル化と企業経営の環境が激変。その対応が迫られる中、労働観や働き方も多様化し、企業にとっては優秀な人材を確保し、経営環境の変化に対応したイノベーションを起こすために、「ダイバーシティ推進」が必要だ、との認識が急速に高まってきたのである。
ダイバーシティ実現に必要なもの:仕組み・制度
経済産業省は、2012年度(平成24年度)より「ダイバーシティ経営企業100選」と銘打って、ダイバーシティ経営に優れた企業を選定・表彰している。ダイバーシティの裾野拡大のための取り組みを始めたのだ。
この100選に選ばれた企業を見ると、大企業が多いものの、従業員数が数十人規模の中小企業も少なくないことがわかる。ダイバーシティが必要だとの意識改革は、大企業のみの問題ではなく、すべての企業経営にとって不可避である、という国からのメッセージととることできる。
とはいえ、多様な人材をただ揃えただけでは混乱が生じるだろう。そこで経営戦略として「ダイバーシティ・マネジメント」が必要となるのである。
内閣府男女共同参画局のサイトによると、「ダイバーシティ経営」とは、「多様な人材の能力を最大限発揮させることで、企業のパフォーマンスにつなげる経営であり、今や、グローバル企業にとっては、競争優位を確立するために不可欠な経営戦略である」との説明がある。この定義は、そのまま「ダイバーシティ・マネジメント」の定義として使えるだろう。
多様な働き方を認め、生かすには、画一的ではないものを認める価値観の共有が不可欠になる。たとえば、オフィス勤務と在宅勤務が摩擦なく混在するには、単に働く場所がどこでもいいということではなく、各人に求められる役割や成果に対して、忠実に行動する意識や、それを評価する仕組みが必要である。
働く場所の多様性を認め、それにより生産性を向上させるためには、どこで働いても、きちんと成果が出せる仕事の進め方や組織のあり方など、業務改革や組織改革が不可欠なのだ。つまり、「ダイバーシティ=業務・組織改革」を徹底しないことには、成功は望めない。
日本におけるダイバーシティの段階:ダイバーシティ2.0
経済産業省は2017年3月に「ダイバーシティ2.0行動ガイドライン」を公表し、女性活躍だけにとどまらない、本質的なダイバーシティ経営のあり方を提示した。
「ダイバーシティ=女性活躍」という「ダイバーシティ1.0」で足踏みするのではなく、属性を超えた1人ひとりの経験や視点、価値観の多様性を企業の強みに変えていく、ダイバーシティの段階の引き上げが急務だという問題意識に基づいている。
ダイバーシティ1.0では女性活躍がメインだったが、それだけでなく、この段階は「カテゴリー(属性)ごとの働きづらさの解消」もテーマとなっている。その意味では、障がい者雇用やLGBT対応などもこの段階の施策だととらえることができる。
本質的なダイバーシティの実現(ダイバーシティ2.0)のためには、「カテゴリーごとの働きづらさの解消」(ダイバーシティ1.0)が前提となる。中長期的に実現したいベクトルを意識した上で、その前段階としての属性ごとの対応なのだという認識を持ちながら、ダイバーシティを推進していくことが求められる。
【次ページ】属性ごとの課題と対応(女性、高齢者、障がい者、介護者、LGBT)
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