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新しい宇宙ビジネス・ムーブメント“NewSpace”の代表例である通信衛星コンステレーション。これまでは数千~1万超という数の衛星を打ち上げる「将来計画」の壮大さばかりが注目されてきたが、この1年程度で衛星が実際に打ちあがり始め、いよいよリアリティが高まりつつある。その矢先に、非常に強力なプレイヤーが突然、参入を表明。衛星通信インフラを巡る競争は、各社が入り乱れる世界大戦の様相を呈してきた。
地球を覆いつくす「人工衛星版カイパーベルト」
2019年4月4日の夜10時過ぎ。筆者が何気なくTwitterを見ていたら、世界的に著名な科学ジャーナリストであるアラン・ボイル氏(@b0yle)のツイートが目に止まった。あのアマゾンが通信衛星コンステレーション(地球周回軌道上で大量の衛星を統合して運用するシステム)の事業に参入する──。ボイル氏の独自取材による“すっぱ抜き”だ。この突然のビッグニュースは、瞬く間に世界中に広まった。
その計画の名は「プロジェクト・カイパー」。太陽系外縁を球状に取り囲む天体群「カイパーベルト」の提唱者として知られる天文学者ジェラルド・カイパーから名づけたものと推察される。
プロジェクト・カイパーがターゲットとする地球周回軌道と、カイパーベルトが存在する太陽系外縁とでは、地球からの距離が桁違いに異なるものの、この計画名が意味するのは「大量の(衛)星によって覆い尽くす」点において、“本家”カイパーベルトと同様だろう。
現在報じられているのは、3つの低軌道(590km、610km、630km)にそれぞれ784機、1296機、1156機、合計3236機の衛星を統合して運用するコンステレーションを構築すること、そして、この計画を担う企業が「カイパー・システムズ」というワシントンDC拠点のアマゾン子会社ということだ。
この「カイパー」はあくまで計画及び子会社向けに使っている言葉であり、コンステレーション及びその通信サービスの正式名称は異なるものになる、という報道もある。
同社は既にITU(国際電気通信連合)に衛星打ち上げを申請し、承認を受けている一方、米国FCC(連邦通信委員会)からの承認をまだ得ていない状況だ。通信衛星のスペック、メーカー、コストなど、あらゆることは、未だ謎のまま。その詳細と今後の動向に注目が集まっている。
ベゾスvsマスク、再び
通信衛星コンステレーション自体はアマゾンから出てきた新しい概念ではない。むしろ、NewSpace時代の宇宙ビジネスの「保守本流」。既存の競合企業がひしめき合う領域だ。
プロジェクト・カイパー報道の約一週間後、SpaceXのイーロン・マスクCEOがTwitterでアマゾンのジェフ・ベゾスCEOを名指しで「copycat(まねっこ)」とツイートし、大きな話題となった。
SpaceXは、高度340km前後の“超”低軌道と1100~1300km前後の低軌道に、合計1万2000機が周回する“二層”構造の衛星コンステレーション「Starlink」の構築に取り組んでおり、この領域をけん引している。
マスク氏はこれまでもBlue OriginのCEOでもあるベゾス氏と、NASAのロケット発射台の使用権や、再利用型ロケット開発を巡り、何度か舌戦を繰り広げてきた(注1)。
注1:『宇宙の覇者 ベゾスvsマスク』(新潮社)に詳しい。
いずれも、SpaceXが自社アピールを派手にしながら計画を進める裏で、隠れるように類似計画を進めてきたBlue Originが突如表舞台に現れ、SpaceXの座を脅かすことにマスク氏が不快感を表明する、というのが定番だ。怒りを露わに公然とライバルを批判するマスク氏に対し、ベゾス氏は大抵において沈黙を守る。今回の件も、その“様式美”に忠実な展開となった。
「古くて新しい」通信衛星コンステレーション
SpaceXはStarlink実現に向けて歩みを着実に進めている。まず2015年にグーグルとフィデリティから10億ドルを調達、2018年12月に5億ドルの追加調達を実施して、合計15億ドルの莫大な資金が集まった。2018年中にはFCCに対して、二度に分けて合計1万2000機打ち上げの認可を取得、2019年に入って、100万基の地上局設置の許可申請を行っているところだ。
2018年2月にはプロトタイプ衛星“Tintin”(ティンティン)を2機打ち上げ、2019年5月中旬には数十機のStalink衛星のプロトタイプを打ち上げる。先日も、スペースXの二段式ロケットであるファルコン9の先端格納部分に、60個ものStalink衛星を詰め込む予定であるとツイートした。同社は、さらに2~6回の衛星打ち上げを年内に予定している。
同社のグウィン・ショットウェルCOOはこの通信衛星事業について、現状の主力事業であるロケット輸送以上の大きな収入源となるビッグビジネスの可能性があるとし、その収益は火星探査事業の原資にすることを公言している。
つまり、火星移住が究極目標である同社にとって、このコンステレーション事業は極めて重要な意味を持つ。前代未聞の1万2000機のコンステレーションの実現には懐疑的な見方も耐えないが、SpaceXは本気なのだ。
ただしマスク氏の「まねっこ」発言は正しいわけではない。この領域のもう一つのリーディング・カンパニーであるOneWeb設立者のグレッグ・ワイラー氏は、横から入る形で「自分が作ったアイデアだとも思っているのかい?」とマスク氏のツイートに“ツッコミ”を入れている。ワイラー氏はOneWebの前身となるWorldVuにおいてコンステレーション事業開発をSpaceXと提携して行っており(後に関係を解消)、アイデアがSpaceXオリジナルと認める訳がない。
付け加えると、実はマスク氏やワイラー氏よりも先に通信衛星コンステレーションを実現した先人たちがいる。現在の衛星通信ビジネスの標準は、地球の自転速度と軌道周回速度が合致する、地上3万6000kmの軌道(静止軌道)に通信衛星を置き、安定的に通信を行うもの。
しかし、この静止軌道モデルには弱点がある。地球-衛星間の距離の長さゆえ、通信遅延が発生してしまい、利便性に欠けてしまう。地上回線に負けない低遅延の、使い易い高速通信網を構築することは、衛星業界における至上命題となってきた。より地球に近い軌道に複数の衛星を打ち上げることで全球的に高速通信を提供するコンステレーションは、その解決策として、前世紀から存在していたアイデアだ。
1990年代に、その構想を実現すべくイリジウム、グローバルスター、テレデシックといった通信衛星コンステレーション・サービスが展開された(イリジウムに関しては当時、「イリジウムの通話エリアは、地球です。」というCMが流れていたためされたため、記憶にある人もいるかも知れない)。しかし、現在よりも遥かに人工衛星が高額だった時代に数10機による衛星システムを維持することはコスト的に難しかった。
また、現在と異なりインターネットもモバイル端末も普及していない時代において、通信需要もマーケットも、大きくはなかった。これらの一部の衛星群は運用こそされたものの、「ペイしない」事業は結局破産が相次ぎ、いずれも失敗に終わってしまった。
【次ページ】なぜ今再び通信衛星コンステレーションに挑むのか
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