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- 2017/08/24 掲載
アストロスケールは、スペースデブリ除去事業で宇宙版「共有地の悲劇」に挑む
秒速7キロメートル、時速2万5000キロ以上のごみが宇宙を飛び交う
想像してみてほしい。もし高速道路が障害物で溢れかえっていたら、自動車の運転は難しく、物流も滞るだろう。宇宙空間は早くも、そのような状態に陥っている。1957年に人類初の人工衛星スプートニクが打ち上げられて以降、宇宙空間を保全するルールがほとんどないまま、開発競争が行われてきたのだ。
JAXA(宇宙航空研究開発機構)の調べでは、10センチ以上のスペースデブリは2万個、1センチ以上のものは50万から70万個が確認されている。秒速7キロメートル、時速にして2万5000キロ以上のとてつもない速度で飛来するスペースデブリは、人工衛星や宇宙ステーションに衝突し、大きな被害を生んでいる。
スペースデブリと人工衛星、あるいは、スペースデブリ同士がぶつかり合うと、ゴミの数は急速に増加してしまう。スペースデブリの密度がある一定の値を超えた場合、今後人工衛星を打ち上げなかったとしても、ゴミが自己増殖的に爆発的な増加を始めてしまうという「ケスラー・シンドローム」という仮説も提唱されている。
このスペースデブリの除去という全世界的な問題に取り組むのが、ベンチャー企業アストロスケールだ。東京とシンガポールに拠点を持つ同社は、小型衛星ELSAでスペースデブリを捉えて軌道を変え、地球の大気圏まで高度を下げて燃えさせる仕組みを開発した。2017年7月には約28億円、累計で60億円の資金調達に成功している。
スペースデブリの除去には確立された手法がない。網のようなもので捕獲する方法や、ロボット・アームと呼ばれる腕状の機械を使う方法、電磁気の力を使って非接触的にスペースデブリを破壊する方法などが提案されてきた。 JAXAが打ち上げた宇宙ステーション補給機「こうのとり」では、伸ばした長いワイヤーに電流を流し、スペースデブリの軌道を変えて大気圏に落とす実証実験を行っている。
アストロスケールでは、世界中から高度な知識を持った人材を集めると共に、日本国内の高い技術を持った中小企業を探し回り、独自の製品開発を推進している。たとえば、由紀精密は、従業員30人ほどの小さな町工場であるが、アストロスケールと資本提携を結び、小型人工衛星の共同開発を行ってきた。
ハーバード・ビジネススクールも注目の事業
アストロスケールが挑む世界初の事業は、国際的にも注目を浴び、ハーバード・ビジネススクールの授業にも取り上げられたという。特に、同大学が注目したのは、スペースデブリの状況が「共有地の悲劇」という典型的な社会問題の構造をはらんでいるからだ。共有地の悲劇とは、誰でも利用可能な共有資源が、自己中心的な利用者によって過剰に利用され、その資源の枯渇を招いてしまう状態を指す。海洋汚染、大気汚染、魚の乱獲、森林伐採、違法駐車など、さまざまな社会問題が例として挙げられるだろう。
共有地の悲劇を回避するためには、行政や利用者自身がルールを設定し、共有資源を守る取り組みを定める必要がある。たとえば環境問題の場合、大気汚染防止法による規制や、二酸化炭素の排出権取引のような市場原理の導入といった方法が用いられてきた。
しかし、スペースデブリの場合、現在のところ、各国がバラバラに開発競争を行っている状態であり、規制を行う機関は存在しない。また、宇宙事業は軍事利用などが関わるため、これからも強制力の強い国際ルールが成立する可能性も低い。さらに、スペースXやOneWebといった民間企業が宇宙事業に参入し、業界の構造は複雑さを増している。
【次ページ】スペースX、インターステラテクノロジズらとどう渡り合っていくのか
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