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- 2024/06/14 掲載
NASA 小野雅裕氏が「これから人類は宇宙を目指す大航海時代に向かう」と断言するワケ
リスクをとる日本、手堅いNASA、その理由
──2024年の宇宙開発は月着陸レースで幕を開けました。JAXA(宇宙航空研究開発機構)の小型月着陸実証機 「SLIM」も1月17日、世界で4カ国目の月着陸に成功しました。小野さんは日本の宇宙開発の強みや課題をどのようにご覧になっていますか。小野雅裕氏(以下、小野氏):SLIMの取り組みは素晴らしいと思います。月着陸直前に2つあるエンジンのノズルの1つが脱落するという大きなトラブルがあったにもかかわらず、ちゃんと2つの小型月面ロボットを放出しています。あれは非常にエンジニアリングを作りこんだ成果です。上空で予想外のことが起きた場合でも、必ずロボットを放出するように設計したのでしょうね。
そして月着陸した2機のロボットは、画像認識でSLIMにカメラを向けて撮影し、2機が全自動で連携して地球に画像を送ってきました。あそこまでの高度な自律化に挑戦できるのはうらやましいです。
実はNASAは手堅いところがある一方、ISAS(JAXA宇宙科学研究所)はリスクをとっています。
──NASAが手堅くてJAXAがリスクを取っているというのは意外です。
小野氏:もちろんそれが結果的に大成功に至った例も、失敗に繋がってしまった例もあります。うまくいった最たる例が小惑星探査機「はやぶさ」です。技術実証ミッションで新技術が多く使われている中、小惑星のサンプルを世界で初めて持ち帰ったのは快挙です。逆にリスクをとる姿勢が裏目に出たのが、金星探査機「あかつき」でしょう。金星への軌道投入というクリティカルな場面で、セラミックスラスタという新技術を利用し裏目に出ました。コンサバティブなNASAなら、宇宙で実証されていない新技術をあそこでは採用しないでしょう。
ISASがリスクを取る理由のひとつはおそらく、予算が限られていて、打ち上げ機会が比較的少ないからだと想像します。少ない機会を補って世界に追いつき追い越そうとするために、失敗を恐れず新技術をどんどん入れていく。それがISASのカルチャーであり強みだと言えます。
──JAXAの取り組みの課題は何でしょうか?
小野氏:これはNASAにも言えることですが、多くのミッションが単発で終わってしまうところです。たとえばSLIMは先述のとおり素晴らしい成果を残しましたが、後に続くミッションがなければその技術は失われてしまいます。とはいえ、限られた予算内で月以外にも行きたい場所は数多くあるので、なかなかミッションをシリーズ化するのも難しい。技術を民間にスピンオフすることはできないかと考えています。
リスクを取って培った技術を産業移転し役立てていくのは、政府機関の役割の1つだと思います。たとえば、民間のSpaceXのドラゴン宇宙船は、NASAの開発した技術がかなり使われています。
火星のサンプルはいつ戻る?「世界初」を巡る攻防
──小野さんは2020年7月に打ち上げられたNASAの火星ローバー(探査車)「パーサヴィアランス」向けに、自動走行のコードを書かれています。打ち上げ前は自分の担当コードでバグが出ないか心配されていましたが、実際はどうでしたか?小野氏:つい最近もNASA・JPL(ジェット推進研究所)で、火星ローバーの運用を行いましたが、自動走行は非常にうまくいっています。以前の火星ローバーは走行距離の10%ぐらいしか自動走行を行っていなかったのですが、現在のパーサヴィアランスでは90%近くが自動走行です。最近は火星の非常に難しい地形にも対応できるように自動走行のアップグレードを議論しています。
──パーサヴィアランスは、過去に三角州だった場所でサンプルを多数、採取していましたよね。生命の痕跡が保存されている可能性があるサンプルをいつ、地球に持ち帰るのか世界が注目しています。
小野氏: 現在のNASAのサンプルリターン計画では予算と時間がかかりすぎると4月に発表がありました。そこで民間企業も含めてアイデアを募集しており、地上に持ち帰る計画が大きく変わる可能性があります。また、中国も火星サンプルリターンを行うと宣言しています。
──中国が積極的になれば、早い時期でのサンプルリターンが実現するのでしょうか?
小野氏:そこには難しい問題があります。たとえばアポロ計画で、多くの人の記憶に残っているのは、人類初の月面着陸を成功させたアポロ11号でしょう。ところが、科学的に本当に価値があったのは最後の3つの、15~17号です。月面車を使って長大な距離を走り、科学的に貴重な岩石のサンプルを大量に持ち帰りました。ところが、一般の人は岩石集めよりも月面に星条旗を立てたことのほうに熱狂します。世界で初めて月の石を持ち帰ったのは11号ですが、質・量では15~17号が圧倒的です。
火星サンプルリターンについても同様の温度差があります。適当な石ころでよければ、やろうと思えばすぐに拾って帰れるでしょう。しかし、科学的に本当に価値がある石を、本当に価値がある形で持ち帰ろうとすると、非常に難しくなってきます。
──それをNASAはやろうとしているのでしょうか?
小野氏:はい。40億年前の火星生命の痕跡は、あったとしても簡単には残っていません。ローバーはこれまで3年以上にわたって数十kmを走行し、搭載されている機器を駆使して、生命の痕跡が残っている確率が最も高い岩石を特定し、そのサンプルを採取してきました。もう1つの課題はプラネタリープロテクション(惑星保護)です。確率は非常に低いですが、もしかしたら火星の土に、地球に害を及ぼすウイルスや菌が潜んでいるかもしれません。そのため、火星の土壌に触れた部分が絶対に地球環境に暴露されないようなメカニズムを設計する必要があるのですが、これが工学的に非常に複雑になります。
大事なことは星条旗や五星紅旗を火星に立てることではありません。本当に価値のあるサイエンスをやるには予算と時間がかかります。そのことが伝わらないもどかしさがあります。 【次ページ】日本の宇宙開発で注目すべき企業がなぜトヨタなのか?
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