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「お金から日本を変えたい」というミッションを掲げ起業しつつも、起業という選択肢自体は「消極的な、やむを得ずという選択肢だった」と述べるのがマネーフォワード取締役 兼 Fintech研究所長の瀧 俊雄 氏だ。起業の経緯や苦悩、喜びについて語ってもらった前編に続き、同社がどのようにクラウド会計市場でリソースを多方面に投入する戦略を採用したか、今後の展望と併せて話を聞いた。
まずは参入し、どんなマーケットがあるのか知ることが重要
──スタートアップは事業領域を絞り込み、そこで尖がった部分を作り込まないと、リソースが豊富な大手に負けてしまうと思います。御社の場合、取り組める領域が多様なだけに、リソースが分散し、大手が本気を出してきたら負けてしまう危険もあったのではないでしょうか。
瀧 俊雄 氏(以下、瀧):PFM(Personal Financial Management)という領域に、大手のプレイヤーは存在していました。通信コミュニケーションの会社が、クラウド型PFMツールを提供していたのです。しかし、資本力も人材も大手のほうが豊富で、ベンチャーが勝てるとしたら、スピードと柔軟さです。いかにPDCAを速く回し、柔軟な組織を保っていくか。それが先々の競争で優位性を発揮するだろうと考えていました。
また、リソースを多方面に分散する戦略についてですが、我々はクラウド会計の事業領域を意識して、(起業して)1年も経たずに新しいサービスを始めました。それには複数の理由があります。すでに競合が2013年の春に(クラウド会計サービスを)ローンチしていた中で、同じ確定申告市場に参入するなら、一刻も早くサービスインしている必要がありました。もしも2014年2~3月の確定申告の時期に我々がサービスをリリースしていなかったら、私たちはビジネス向けのクラウド会計市場には入れなかったかもしれません。
クラウド会計はアカウントアグリゲーション(複数の口座を一画面に集約して表示するテクノロジー)などの我々の技術が転用できますし、ユーザーの中には飲食店の帳簿を(PFMである)マネーフォワードで管理するといった、想定外の使い方をしている人もいました。
マーケットと“事例”がすでに存在していて、クラウド会計は、ビジネスの生産性を挙げるという付加価値の高さもあるわけです。結論からいえばまったく違うマーケットでしたが、クラウド会計をPFMの応用先にもあるビジネスと捉えていたのです。
2013年の夏ごろは、「無料」で採算が取れていないPFMというサービスに加えてクラウド会計をやったら、メンテナンスはどうするのだというので、社内には喧々諤々の議論がありましたが、我々はかなり少ない陣容でPFMとクラウド会計の両方を展開することにしました。
──とにかく市場に参入することが大事だと。
瀧:10~15年後くらいに金融プラットフォームビジネスが存在している状況を想定したときに、浅くてもいいからそのドメインに参入し、どんなマーケットがあるか知っていることが重要だと考えたのです。
スタートアップにとって重要な「プロダクト・マーケット・フィット(顧客が喜ぶ最適なプロダクトが、最適な市場で展開できている状態)」のうち、マーケットの定義が一番難しく、これが実際に参入してみないと分からない。そのためにも早くサービスを始めるのが重要です。マーケット理解が進むと、どんな戦略を立てればよいのか意思決定できるようになりますし。
その頃から資金調達環境も良くなったので、リソースを得やすくなっていきました。そこで得た経営資源を基に、MFクラウドシリーズの中で、さまざまなサービスラインナップを整えていったのです。個々の領域ごとに強力なライバルがいましたが、なぜ多方面への競争に参入したかといえば、金融プラットフォームとしてのバリューを出したいというのも当然ありますが、参入することでやっと見えるマーケット理解という点が大きかったですね。
“ワンオペ”のカスタマーサポート。でも楽しかった
──そのように事業を展開する中で、瀧さん個人として一番大変だったことは何でしょうか。
瀧:2013年から2014年の間は、カスタマーサポートは私がすべて担当していました。2014年頃は(チャットの入力で)腕がつっていましたね。2015年の確定申告の時期にも、マネーフォワード宛にユーザーから届いたチャットはすべて自分が対応しました、26日くらい連続で出勤して。競合は10人体制くらいでチャットを回していたらしいのに、こっちはまさかのCOOが「ワンオペ」で全部やったという(笑)。
かなり大変でしたが、辛くはなかったです。ユーザーと接している瞬間はすごく楽しくて、研究者をやっていた野村證券にいた頃にはできなかった経験でした。
自分の作ったサービスについて、ユーザーから直接フィードバックを受けられることが楽しくて、今でもPFMのユーザーをGoogle Analyticsで丁寧に分析する仕事が楽しく、分析から仮説を立てて、次の施策を考える仕事が、一番好きなのです。今はやらせてもらえないのですが(笑)。
──弱音を吐くことはなかったのですか?
瀧:もちろん、大切にしていた社員が辞めてしまったとか、最初の頃は提携とは正反対の、本当に鼻で笑うような電話がかかってきたりして、苦労は色々とありました。でも、そこは仕方がないというか、これだけ面白い仕事をやらせてもらっているのだから、その対価のようなものだと。
4年前には(株主である)ジャフコさんや、出資を受けている三菱UFJキャピタルさんなどから出資いただいたことで、何とか信用を補完して、やっとのことで提携候補に会ってもらうこともありました。そこでも、たくさんの苦労はありましたが、ユーザーが評価してくれるプロダクトを作れる場所にいたので、その“ナチュラルハイ”の状態でたいていのことは乗り切れていた気がします。
それに、起業した人は文句を言ってはいけないと思うのです。起業という選択肢は「やむを得なかった」のですから(笑)。労働市場に文句言っている起業家はあまりいないですよね。それと一緒です(笑)。
「あの会社でもIPOできるのだから起業しよう」と思う人が続いてほしい
──2017年9月に、IPO(Initial Public Offering)しました。
瀧:正直なところ、IPOがあってもなくても、起業してよかったと思っています。会社を興さなかったらこんなに仕事が楽しいものだと思わずに死んでいったはずです。それはやはり何事にも代え難い。「ちゃんと頑張ればいいこともある」というのは、今の社会ではなかなか味わえないことだと思います。
そもそも社員が増え続けるというのが、私にとっては“異常事態”です。以前の職場では、年に部署が倍々になるようなことはまずありませんでした。
それに、起業をすると、組織が拡大することで生まれる「成長痛」のようなさまざまな組織問題も、「そういうものだ」というのがわかって、世の中の企業に対する理解も変わってくるのです。
仮にうまくいかなかったとしても、起業して本当に良い経験ができたと思えたはずです。やりたい仕事をやる手段が起業なら、いかなるコストを払ってでもやるほうが良いです。
──しかし、「やりたい仕事」が現れたタイミングで起業というアクションを起こせるかどうかは運もあるのでは。
瀧:たしかに、企業にいて「チャンスにバットを振れるかどうか」というのは難しい問題です。 野村證券を辞める時も色々なことを言う人がいました。私の場合は、鳥海さん(鳥海智絵・野村信託銀行 取締役兼代表執行役社長)から、「バットをフルスイングしてきなさい」と送り出してもらうことができました。
でも、スイングできるときに、バッターボックスに立っていない人や、そもそもバットを持たされていない人もいるわけです。ですから、悩むくらいなら起業はしないほうが良いですが、「すべきときに、すべき場所にいられた」というのは、私にとってはラッキーでした。
今の日本は、起業そのものが目的化している側面はあります。一方で、日本政府はこの3年間で、キャッシュレスやオープンイノベーションという方向に舵を切ってきました。こうしたことは、自分自身の目標として掲げてきたことと合致しますし、私自身の働く理由にも合致しています。ですから、世の中が望む方向に向かっていくなら、別に自分の立場はどうでもいいのです。
IPOを行ってよかったと思うのは、事例を作れたことです。我々の事例を見て、「あの会社でもIPOできるのだから起業しよう」と思う人が続いてほしいです。ですから、今後はエンジェル投資などもやってみたいと思っています。
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