0
会員になると、いいね!でマイページに保存できます。
人々の価値観やライフスタイルが多様化し、個人の嗜好が細分化している現代。NHKという“マスメディア”であっても、メガヒットは生まれにくい状況だ。そんな中、ヒット番組を連発する監督がいる。NHKの朝の連続ドラマ「あまちゃん」や、シュールな笑いを追求した「サラリーマンNEO」、志村けんが主演のコント番組「となりのシムラ」などを手掛けるNHKエンタープライズ 制作本部 番組開発 エクゼクティブ・プロデューサー 吉田照幸氏だ。先ごろ開催された「Advertising Week Asia 2017」おいて吉田氏は、自身の経験をもとに「ヒットの法則」と記憶に残る仕事をつくりだす秘訣について語った。
視聴者のココロを開いて“刺さる”番組を
NHKエンタープライズの吉田照幸氏は、30代前半から、人気番組「サラリーマンNEO」を企画し、演出・監督を8年間ほど担当。その後、NHKの朝の連続ドラマで大ヒットした「あまちゃん」や「となりのシムラ」などを手掛けてきた敏腕ディレクターだ。
吉田氏が番組を制作をするうえでの信条は「心を信じてモノをつくること」。昨今のテレビの編成局は、目先の視聴率やマーケティングの数字だけに重きを置いてしまう傾向がある。同氏はそれをずっと疑問に思っていたそうだ。
「決して数字を信じないということではありません。数字を信じてそれをよりどころに番組を選んでもヒットしない状況なのに、なぜ数字に信頼を置いてしまうのか? なぜやり方を変えないのか? という疑問です」(吉田氏)
吉田氏が手掛けたヒット作品は、「これまでなかった内容」で評価されてきたものばかりだ。そうした評価に対し同氏は、「評価の理由は、すべて自分の心に響いたものしかつくらなかったから。まず心に響いたものだけを選び、そのあとで資料に当たります」と説明する。
実は吉田氏、サラリーマンNEOを制作する前までは、企画を1本も通せずに悩んでいたという。一時はディレクターを辞めようとまで考えたが、あるとき友人に「シュールなコントが観たい」と言われた。同氏はその時の心境を以下のように回想する。
「当時のNHKでコント番組をやるというのは異質なことで、無理だと感じていました。自分の頭と心で違うことを思っていたのです。とはいえ自分が面白いと思ったことと直感は異なるものです。直感とは何かを受けたとき、自分の中にパッと浮かんだ感情です。たしかに友達に『シュールなコントが見たい』と言われたとき、自分も見たいと思いました。そこで背水の陣で企画を出したら通ってしまい、その後の人生が変わったのです」(吉田氏)
それまでは同氏は、演劇と無関係な人生を過ごしてきた。そんな自分がコント番組をつくることになったのだから大変だ。その後、面白いアイデア出しに苦闘し続けたが、ある人の「笑いとは“ひとの不幸”か“隠された真実”の2つしかありません」という言葉に大きな感銘を受けたという。
「そこでは“心でつくること”が重要になります。情熱を燃やしたり、熱い想いを託すのは当然ですが、心でつくることとは違います。表面的に面白いもので笑いを前面に出せば、ほとんどの人は引いてしまいます。しかし、そこに何か隠された真実があると、その笑いが気づきになって、面白いと評価してくれることがあるのです」(吉田氏)
シュールなコントで視聴者が勇気づけられた理由
頭でわかるだけでなく、心に刺さるものを表現できるように面白いものをつくること。視聴者の心を開き、そこにメッセージを送ることが大切なのだ。同氏は「昔のテレビや広告媒体は、人を刺激したり挑発したりする心で溢れていました。その結果、さまざまなムーブメントが起きたのです。しかし最近は、成功の法則があれば、それを“まねる”だけになってしまい、そこから“学んで”いません。成功の法則から学ぶのであれば、その本質的な面白さのエッセンスを切り取って、自分なりの演出をしないといけません」と指摘する。
では、それをどう体現すればよいのか?
「たとえば、怒りを演出するときは、役者さんに『もっと怒って』というのではなく、(怒りを表現するために)モノを投げつけてもらいます。怒りの感情を行動に転換し、アクションとして表現してもらうのです。そこで初めて人の感情が動き、芝居が生き生きします。モノをつくるときは状況の変化を言葉で伝えようとすると、チープで表層的なメッセージになってしまうのです」(吉田氏)
感情を動かす番組作りを徹底したことで、サラリーマンNEOを観た視聴者からは、「これまで5年間も会話がなかった家族の会話がよみがえった」「NHKでこういう番組(コント)ができるのだから、われわれもできると勇気づけられた」という感謝の声が寄せられたという。
「視聴者はクリエイターにまで思いをはせて『勇気づけられた』と言ってくれたのです。広告も同様に、素晴らしい商品というメッセージを発するよりも、素晴らしいクオリティのCMをつくれば、その企業の意識の高さを感じてくれます。そういうものが巷に溢れてくると嬉しいです」(吉田氏)
【次ページ】頭で考えるよりも直感を信じる、クドカンに学んだ器の大きさ
関連タグ