• 2021/02/23 掲載

「シン・エヴァ延期」「ピクサー最新作公開中止」、“大作不在”映画業界のリアル

稲田豊史の「コンテンツビジネス疑問氷解」

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新型コロナウイルスの感染拡大が、映画業界を苦しめている。「確実に稼げる大作」の相次ぐ公開延期は、映画業界にどんな影響を及ぼすのか。また、製作の現場に起こった変化とは何か。シネコンを含む複数の劇場を運営する映画興行会社のA氏、国内の映画配給会社で宣伝業務に携わるB氏、映画製作プロデューサー・C氏にそれぞれ聞いた。いずれも仮名としたのは、所属会社の原稿チェックという制約を受けることなく、また取引先に忖度することなく、現場の声を拾うためである。ご了承いただきたい(取材日は3氏ともに1月下旬)。
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コロナ禍が映画製作の現場に及ぼした影響とは
(Photo/Getty Images)



大作の公開延期で劇場は大打撃

 新型コロナ感染拡大の影響で、大作・話題作が軒並み公開延期の憂き目に遭っている。以下は2月22日現在の、おもだった大作・話題作の公開延期状況だ。

  1. 『シン・エヴァンゲリオン劇場版』
    2020/6/27→2021/1/23→2021年公開予定

  2. 『キングスマン ファースト・エージェント』
    2020/9/25→2021/2/26→2021/8/20

  3. 『007 ノー・タイム・トゥー・ダイ』
    2020/4/10→(全米・全英では一旦2020/11公開がアナウンス)→2021年公開予定

  4. 『映画ドラえもん のび太の宇宙小戦争(リトルスターウォーズ)』
    2020/3/5→公開日未定

  5. 『ブラック・ウィドウ』
    2020/5/1→2021/4/29

  6. 『るろうに剣心 最終章 The Final/The Beginning』
    2020/7/3、8/7→2021/4/23、6/4

  7. 『トップガン マーヴェリック』
    2020/7/10→公開日未定

 公開日が決まっている作品であっても、今後の新型コロナウイルス感染拡大状況いかんによっては、再延期、再々延期も十分にありうる。実際、『キングスマン ファースト・エージェント』『007 ノー・タイム・トゥー・ダイ』『シン・エヴァンゲリオン劇場版』は、一度延期して公開のめどが立ったかに思われたが、やはり感染拡大が収まらず、再延期となった。

 ただ、劇場にとって延期よりつらいことがある。公開中止だ。

 ピクサーのCGアニメ『ソウルフル・ワールド』は、当初2020年夏に劇場公開とされていたが、新型コロナ感染拡大を受けて同年12月11日に延期。年末の書き入れ時公開とあって、各劇場は宣伝活動に励んでいた。ところが10月8日、米国ディズニーは同作の劇場公開をとりやめ、同社傘下の定額制動画配信サービス「Disney+」の配信のみで作品を提供すると発表。日本での劇場公開もなくなった。

「かなり驚きましたし、困惑しました。10月の『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』、12月の『ソウルフル・ワールド』、1月の『シン・エヴァンゲリオン劇場版』で、2020年の負けを取り返そうと意気込んでいた矢先でしたから」(興行会社・A氏)

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「2020年の負けを取り返す」ための作品群が延期になってしまった……
(出典:カラー 報道発表)

 無論、ディズニーとしても苦渋の決断であろう。日本の「Disney+」の場合、『ソウルフル・ワールド』は月額たった700円(税抜)の見放題プランで視聴できてしまう。作品が生み出す収益は、劇場公開した場合に比べて激減したはず。しかし、A氏は恨み節を隠さない。

「劇場で長らく宣伝して、予告編もバンバン流していたので、今までかけた手間が水の泡です。日本のディズニーとはブッキングの契約をしていましたから、これは契約違反ではないかと思うのですが、まあ、相手にされませんね。日本法人にしたところで、本国決定に従うしかないですから、我々に対しても『申し訳ございません』としか言えない」(興行会社・A氏)


『TENET』の全米不調が配信ダイレクトを招いた?

 ディズニーが劇場公開をとりやめた背景には、コロナ禍での公劇場開を断行したワーナー・ブラザースの『TENET テネット』(全米公開9月3日、日本公開9月18日)の成績不振がある。ロサンゼルスやニューヨークといった主要都市の映画館が閉鎖されていたため、アメリカ国内での興収が伸びなかったのだ。

 『TENET テネット』の日本はじめ他国における成績は、決して悪いものではなかったが、大きな市場であるアメリカでの伸び悩みが足を引っ張り、世界興収はワーナーの期待を下回ってしまった。このことは、他のハリウッドメジャーが大作を次々と延期したり、配信に切り替えたりする決断のきっかけになった、と言われている。

「ただ、アメリカ本国では映画館が閉鎖されていても、日本では営業しています。感染者数も日本のほうがずっと少ない。日本では公開してほしかったというのが、正直なところ」(興行会社・A氏)

 ところで、大作の延期は上映する作品のタマ不足を招く。そこで行われたのが、名作のリバイバル上映だ。2020年6月には、スタジオジブリ作品の『風の谷のナウシカ』『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』『ゲド戦記』が、新作に負けず劣らずの大ヒットを記録。それ以外にも、大手シネコンによる名作・旧作リバイバル上映がひとつの潮流を作った。

 ただ、それで困ったのが、もともと名作・旧作のリバイバル上映を売りにしていた名画座やミニシアターである。「彼らの営業領域を、我々のようなシネコンが侵食してしまってたのは確かです。申し訳ないなと思う」とA氏。新型コロナは予想外の“業界内食い合い”を引き起こしたのだ。

【次ページ】振り回される映画宣伝
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