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2019年の国内映画興行収入は過去最高の2,612億円を記録し、入場者数は48年ぶりに1億9,000万人を超えた。その状況を予測するかのように、ここ数年映画館の数は増え続けている。しかし、ことはそれほど単純ではないようだ。莫大な費用を投じて映画館がバンバンつくられる理由について、関係者への取材を交えながら、その実態を解説する。
都心シネコンのオープンラッシュ
“映画館”が増えている。一般社団法人 日本映画製作者連盟(映連)の集計によると、全国のスクリーン数は2019年12月末時点で3,583(うちシネコンは3,165)。2000年以降はおおむねゆるやかに増加し、2012年以降は毎年のように増加を続けている。なお「シネコン(シネマコンプレックス)」とは複数のスクリーンがある映画館のことだ。
東京近郊にお住まいの方なら、ここ数年、大規模でゴージャスなシネコンが都心に増えたなあと感じていると思う。主だったところは以下だ。
・TOHOシネマズ日本橋(2014年3月20日開業)
・TOHOシネマズ新宿(2015年4月17日開業)
・TOHOシネマズ上野(2017年11月4日開業)
・TOHOシネマズ日比谷(2018年3月29日開業)
・グランドシネマサンシャイン(池袋/2019年7月19日開業)
・TOHOシネマズ池袋(2020年夏開業予定)
・新宿TOKYU MILANO再開発(2022年度開業予定)
それほどまでに、入場者数に対して映画館が足りていないということなのだろうか?
たしかに2019年度の入場者数は1億9491万人で前年比115%と大幅に伸びたが、ここ20年ほどは上がったり下がったりを繰り返しており(2011年は東日本大震災の影響で大幅減)、2017、18年に至ってはむしろ落ち込んでいた。少なくとも、上記に挙げた新しいシネコンの計画段階(2010年代前半〜中盤)に「入場者数が劇的に増えていた」かというと、やや微妙だ。
そもそも入場者数は、その年の公開作にどれくらい話題作・超大作が含まれていたかに大きく左右される。もちろん豊作年と不作年があり、かつヒットが「水物」である以上、たかだか数年間程度の入場者数漸増によって映画館自体を増やす判断は、早計に感じないでもない。
TOHOシネマズ新宿・上野・日比谷は、もともとその地域にあった古い映画館を閉館してオープンという形だが、ロードショー館だったところがシネコンになったので、スクリーン数と集客キャパは格段に増えた。グランドシネマサンシャインも同様だ。TOHOシネマズ日本橋と池袋に関しては、完全に新規オープン。それぞれの街にまったく新しい映画館がポンっと出現したのである。
にもかかわらず、なぜ莫大な費用を投じて映画館がバンバンつくられるのか? そんな疑問を、映画ビジネスと興行会社(劇場を運営する会社)の事情に詳しいベテラン興行マン・A氏にぶつけてみた。
「現在の映画人口に対してスクリーン数は足りていますし、映画館を運営する興行会社もそのことは分かっています。つまり映画館の数は飽和状態。むしろ今後は淘汰の時代が訪れるでしょう」(興行マン・A氏)
言っていることとやっていることが違う? 今回はその疑問を解いていきたい。
他社に取られるくらいなら、無理してでも出店する
まずは、都心出店が目立つTOHOシネマズについての基本知識をおさらいしておこう。興行会社であるTOHOシネマズは、東宝の100%子会社である。東宝は、言わずと知れた映画製作・配給会社の老舗。国内の興行収入シェアではぶっちぎりのトップシェアを誇る。
TOHOシネマズの運営する劇場は全国に70サイト660スクリーン(共同経営5サイト56スクリーン含む/2019年10月現在)。イオンシネマズに次いで国内第2位のスクリーン数シェアだ。
TOHOシネマズの前身は、1997年に国内法人が設立された、外資系のヴァージンシネマズ・ジャパン。同社は2003年、東宝に買収され、社名・映画館名ともに「TOHOシネマズ」に統一された。2006年には、東宝社内にあった映画興行部門を承継。やや乱暴に言うなら、TOHOシネマズとは、「外資系のシネコン」と「昔からある東宝の映画館」が合体してできた映画館チェーンというわけだ。
その意味で、TOHOシネマズは東宝映画興行部の直系。同社は、阪急阪神東宝グループの創業者である
小林一三(いちぞう)が1950年に掲げた「百館主義」に基づいて劇場を展開している。「百館主義」とは、「全国の主要大都市に100館の系列劇場を確保して興行網を強化しよう」という方針を指す。それゆえ東宝および同社は、現在に至るまで積極的に“都心に”映画館をオープンしてきた。
ただこのご時世、都心の地代や家賃はかつて以上に利益率を圧迫する。「百館主義」だけでは都心積極出店の理由として弱い。
「デベロッパーが新しい大規模商業施設をオープンする際、その多くが核テナントとして映画館を入れることを検討します。興行会社数社に声をかけてコンペを開催するわけですが、各興行会社からしてみれば、もし自社が出店できなければ他社が出る。それを避けたいので取りに行く。つまり、出店することで自社のシェアを守るんです」(興行マン・A氏)
その中でも際立っているのがTOHOシネマズだが、他の大手興行会社にはイオンシネマズ、松竹系のMOVIX、東映系のT・ジョイ、ローソン傘下のユナイテッド・シネマ、東急系の109シネマズ、シネマサンシャインがあり、各社がしのぎを削っている。さながら囲碁の陣地取り、戦国時代の国盗り合戦だ。同一商圏内に映画館はいくつもいらない。となれば、多少無理してでも先手を取って自社劇場を配置するのが戦略、というわけである。
TOHOシネマズの動向に関して、興行事情に詳しいB氏にも話を聞いた。B氏は元々映画業界に身を置いていた方で、現在では映画を含むエンタテインメント業界のリサーチ業務などを行っている。
「2014年にオープンしたTOHOシネマズ日本橋(商業施設「コレド室町2」内)は、当時東宝の旗艦劇場・日劇があった有楽町マリオンから、北東に2キロも離れていませんでした」(リサーチャー・B氏)
つまり、日本橋に出店すれば、有楽町の日劇と同じTOHOシネマズの劇場同士で客を食い合うおそれがあった。にもかかわらず同社は「他社に取られるくらいなら食い合ったほうがまし」と考えて日本橋に出店した──と推察される。ただ、蓋を開けてみれば結果オーライだった。
「もともと日本橋は老舗店舗が多く、土日休日の購買層は年配層が中心。昼間は賑わっていましたが、夜と盆・正月は静かな街でした。そこに三井不動産が推進した再開発街づくりが功を奏し、TOHOシネマズ日本橋はオープン当初から上々の客入り。夜も賑わっています。日比谷(TOHOシネマズ日比谷)もそんな状況ですよね」(リサーチャー・B氏)
ちなみに、いくら勢いがあるといっても、すべての地区にTOHOシネマズが出店できるわけではない。たとえば、横浜駅前及びみなとみらい~桜木町地区にTOHOシネマズは1館も展開していないのだ。横浜駅は国内第4位の乗降客数があり、みなとみらい~桜木町地区は観光客と買い物客で常に賑わう県内屈指の一大繁華街。2020年にJR横浜タワー内に開業予定の「T・ジョイ横浜」も東映系である。
ところで、コンペでの決め手はなんだろうか。ぱっと思いつくのは「どれだけ高い家賃を払えるか」だが、A氏によればそれ以外にもあるという。
「コンペでどの興行会社に決まるかは、提案内容に加え、自社の集客力や、その商業施設でデベロッパーとどれくらい協力関係を結べるかにもよります」(興行マン・A氏)
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