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「ビジネスモデル」の発見
起業するにあたって、斬新な発想やアイデアが大切であることは、『こち亀』のメイン読者だった小中学生であっても、『こち亀』を読むまでもなく了解していただろう。しかし、継続性のあるビジネスを行うためには、発想やアイデアそのものよりもビジネスモデル(事業戦略と収益構造)づくりのほうが大切だ。
発明品にたとえるなら、斬新なアイデアが単発で存在しても、それは「おもしろい」だけで「稼ぐ」ことはできない。継続的にカネが入ってくるシステム、その設計図が引けて初めて、そのビジネスは回りだす。『こち亀』は年端もいかぬ小中学生に「ビジネスモデル」としか言いようのない概念を、さまざまなエピソードを通じて教え込んだ。
簡単なところでは82年45号「熱戦!!学園祭の巻」(32巻)だ。両津は大学の学園祭で綿菓子屋を出店して売れ行き好調。それを見て「タコヤキが売れないから綿菓子の機械を貸してほしい」と言ってきた若者に「機械と原料のザラメ3キロを5000円で貸し、売上の70%を受け取る」という契約を持ちかけ、なんとフランチャイズ展開を始める。機械と原料の調達ルートを独占的に持っているからこそできる商売であり、「自店でものを売り、仕入値と売値の差額が利益になる」単純な小売業からは一歩進んだ応用編である。
94年9号「戻って来てブーメランくん!の巻」(88巻)は、使い捨てカメラのビジネスモデルを解説した名作回だ。両津は使い捨てカメラが「レンズ付フィルム」と名づけられている理由をとっかかりに、その仕組みを簡潔に説明する。
「撮影後、現像に出して写真だけ戻れば(客は)納得する。なんせ『レンズ付フィルム』だから!」
「ところがカメラならばフィルムだけ取り出しカメラは返さんとならんだろ。カメラは個人の物だから!」
「カメラごと回収するためにも、『全てがフィルムである』という前提が必要なのだ。手元に残らんから撮る度にカメラごと買わねばならん。カメラ代とフィルム代、現像代と3回おいしい!」
両津が指摘するように、当時このビジネスモデルは大発明だった。作中では断定を避けているが、もしメーカーが現像で回収したレンズ付きフィルムのボディやレンズを再生利用していたとすれば、利幅は非常に大きいものとなる。実際、レンズ付きフィルム業界には各社がこぞって参入し、デジカメに市場が消されるまでは一大市場を築いていた。大きなうまみがあったのだ。
マージン商売とガチャガチャ当選数管理の妙
95年18号「騙し騙され!?悪質商法の巻」(93巻)では、両津が元値30万円のパソコンを電話通販によって9万円で買い、それを寺井に15万円で売ることによって1台あたり6万円のマージンでボロ儲けしていた。寺井からは「詐欺じゃないの?」と責められるが、両津は「商社だって外国から輸入して高く売るだろうが!」と言い返し、流通とはそういうものだと説き伏せる。「あらゆる情報に目を配ってだな!/わしが素晴らしい情報をゲットしてあげたんだ!」と両津。これに麗子は「両ちゃんを通さず売り手と買い手だけでいいのよ」と寺井にアドバイスする。
一見すると、両津が悪どい商売をしているように見えるが、実は誇張されているだけで、両津の言い分はビジネスとして何ら間違っていない。「寺井が得られなかった情報を両津が持っている」という情報価値に対して代金が支払われているからだ。これを否定してしまったら、世の中の多くの商売は成立しなくなってしまう。子供時分に同編を読み「悪徳商法はよくない」と刷り込まれて育ったものの、いざ入った会社で働いてみると、ビジネスモデル的には両津がやっていたことと何ら変わりなかった──。そんな体験を味わった元読者も多かったのではないか。
01年33号「ガチャガチャゴチャゴチャパラダイス!の巻」(127巻)では、両津が1回1000円のガチャガチャで、デジカメ、モバイルパソコン、海外の高級車が当たるビジネスモデルを作り上げる。一見して採算が取れなさそうだが、電化製品は型落ちの処分品を安く仕入れ、高級車フェラーリは中古で500万円のモデルを調達。1回1000円で1台あたり1日30個×都内に100台設置しているので1日300万円の売上、つまり1ヶ月で9000万円も売上があるので、当選数を管理しさえすれば十分に元が取れるという寸法だ。
両津はこの後、マンションが当たるガチャガチャも企画。これは1回3000円、1台あたり1日500個限定で都内に10台設置しているので、3000円×500個×10台×30日で1ヶ月4億5000万円の売上。マンションは幽霊が出る部屋を2000万円の格安で確保しており、「今後も欠陥住宅などわけありをこの機会に全部さばく」(両津)ため、余裕で採算が取れる設計になっていた。企業倫理はさておき、見事なビジネスモデルである。
「ソリューション」という概念
文字通り教科書のような、非の打ち所がないビジネスモデルが提案されていたのが、11年45号「がんばれ!町工場の巻」(182巻)だ。零細経営の町工場が、親会社からの発注が減って経営不振という状況下、両津は、各工場の業種──プラスチック加工、バッテリー制作等──を集めれば、葛飾区内の町工場だけで電動カーが組めることを発見する。
「技術はあっても商品化出来ん!」「売るルートもないし」と弱気な経営者たちに対して両津は、PCとケータイがあればネットで売れる、昔のように小売業者を通す必要はないと力説。そして「わしが営業・宣伝・流通すべてやってやる」と頼もしく宣言する。
両津は手始めに、単価が安い電動バイクを生産・販売しようとする。投入する市場は中国。部品を日本の町工場で作り、中国で組み立てて、中国で販売するのだ。両津はできた部品を船便で中国に送り、自らトラックを運転して組み立ててくれる工場を飛び込みで探す。生産ラインが確保できたところで今度は電動カーも作り、電動カー約8万円、電動バイク約3万円という激安価格を設定し、中国国内のネット販売で見事完売した。賃金の安い現地労働者による現地組立、かつリアル店舗のないネット販売だからこそ実現できた価格設定が奏功したというわけだ。
同編には、2011年時点での町工場の苦境や中国市場の盛り上がりという時代背景、「機構が複雑な内燃機関であるエンジンを必要としないため、町工場の技術だけでパーツが作れる電気カーを製作する」という理に適った戦略、現地組立による生産コスト・物流コストの圧縮、ネット販売による販売コストの低減といった、ビジネスモデルのお手本・教科書とも呼べる要素が高密度に詰まっていた。もはやビジネス漫画の完成形と言ってもよい。
なお、両津は町会の財源不足という非常に難易度の高い“経営課題”にも解決の糸口を見出している。消費税に上乗せする「特別町会費」を徴収したり(93年51号「両津タウン改造計画!の巻」87巻)、一戸建てのマイホームやペットの飼い主、イケメンや美女(=総じて恵まれた人々)から「町会税」を取ったり(00年28号「両さんの財政指南!?の巻」121巻)することで、財政を劇的に改善したのだ。いずれも最終的には失敗に終わるが、システマチックに収入を得る方法として新しい税の設計を発想するのは、ビジネスモデル構築の発想に近い。
ある具体的な課題に対し、新しいビジネスモデルを提示することで解決の設計図を描く。かつての『こち亀』読者たちは大人になってから気づくのだ。これをビジネスの世界では、「ソリューション(課題解決)」と呼ぶのだということに。
※本記事は「
『こち亀』社会論 超一級の文化史料を読み解く(イースト・プレス)」の一部を抜粋・加筆したものです。
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