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『こちら葛飾区亀有公園前派出所』(秋本治・作/集英社『週刊少年ジャンプ』で1976~2016年連載)は、主人公の警官の両津勘吉が、40年にわたり日本の文化・世相を“大衆目線”で表現してきた作品である。当時流行ったテクノロジーやガジェットを振り返るだけでも楽しいが、ビジネス漫画として秀逸であることもまた、長きにわたって指摘されてきた。『「こち亀」社会論 超一級の文化史料を読み解く』(稲田 豊史・著)では、『こち亀』がいかに優れたビジネス漫画であるかが論じられている(本文中、△年△号=『週刊少年ジャンプ』掲載号、△巻=ジャンプ・コミックス収録巻として表記)。
テクノロジードリブンで商機を見出す両津
『こち亀』は40年間にわたり、最新技術を好んで取り上げてきた。発売されたばかりの情報家電、携帯電話やPCといったデジタルガジェットを遊び倒す両津の姿は、40年間の連載で数え切れないほど描かれている。
『こち亀』は、テクノロジーとの親和性が高い。それだけに、その当時の最新テクノロジーをビジネスに直結させる秀逸回がいくつもある。たとえば、16年32号「ドローンの時代の巻」(200巻)。同編では、両津の祖父・勘兵衛が東京都中央区と江東区の臨海埋立地にあるタワーマンション地区で、ドローンによる出前配送ビジネスを始めている。
タワマンの住人は勘兵衛の会社が運営するサービスの会員となり、勘兵衛の会社は近所のラーメン屋などと提携する。注文を受けると、ドローンが料理を店までピックアップ(自律型なので操縦者はいない)。岡持ちを携えたドローンが会員のベランダに空中から配送する。タワマンのエレベーターは朝夕ラッシュになるので、住人の日常の買い物はネット注文。ゆえにマンション1階にあるコンビニでの買い物すらドローン配達のニーズがある──という話だ。
14年12号「クアッドコプターの巻」(193巻)では、両津がドローンを使って宅急便ならぬ“宅空便”ビジネスを早々とスタートさせている。電波到達距離の短さは「23区にいる友人宅を中継基地局にして/リレーで目的地まで飛行させてる」というから、技術面での現実感も十分だ。
88年14号「テレビでこんにちは!の巻」(59巻)で両津がバイトした「イベントネットワークコーポレーション」という会社は、テレビ電話(*注1)方式で(現在で言うところの)オンライン会議を開催するベンチャー企業。同編では、全国に散っていて一堂に会せない人たちのクラス会を開くため、居酒屋の大広間にカメラつきのブラウン管モニタを出席者の人数分運び込み、配置する。出席者の家には事前にカメラ付きのモニターテレビを宅配便で届けてあり、電話回線を通じて会場と中継する仕組みだ。
*注1:テレビ電話:日本におけるテレビ電話のサービスは1984年、NTTによってスタートした。1988年にISDNサービスがスタートして大容量のデジタル回線が使用できるようになると、テレビ電話会議システムが民間からも多く提供されることになり、重役会議などを用途とする企業も出始めた。
かなり大掛かりだが、発想の基本は現在のオンライン会議と同じ。ただし商用インターネットがなかった当時、遠隔地との画像つき交信は、電話回線を通した1対1の直結システムであるテレビ電話を利用するしかなかった。現在と違ってモニタを“物理的に”会場に集結させる必要があったのは、このためだ。
このシステムは基本的に参加者のバストアップしか映らず、背景はそのモニタが設置してある自宅。ゆえに背景パネルで海外暮らしだと偽ったり、観光地にあるような顔ハメパネルで服装や髪型を変えたりもできる。このようなニーズは近年においてもあり、オンライン会議時にデジタル処理で背景やメイクまで変えられる技術があるのは、周知の通りだ。
3Dプリンタによる見事なニッチビジネス
既存商品をヒントに両津流の技術アレンジを加えて新商品に仕立てる回は多いが、中でも特に独創性が高かったのが、09年18号「カメラインボールの巻」(169巻)だ。両津は衝撃吸収ゴムで作った透明ボールの中に、6個の超小型CCDカメラを仕込み、画面をつなぎ合わせて360度パノラマ動画が撮影できる「カメラインボール」を自作する。
カメラは中空式で ジャイロ搭載なので画面がブレず、トランスミッターで動画を外部へ送信できる。つまりこのボールを球技に使えば、「いまだかつて見た事の無い/ボール視点からの映像が見られる」(両津)のだ。両津はこのシステムで特許を取り、オリンピックとワールドカップで儲けようと画策する。唸らされるナイスアイデアだ。
13年50号「3Dプリンタ時代の巻」(192巻)では、当時話題になっていた3Dプリンタを使った両津の商売が描かれるが、この回が秀逸だったのは、両津が何度かの挫折の末に新しいビジネスに行き着く、そのプロセスにある。
両津はまず10万円台の一般用プリンタで後輩警官・麗子のフィギュアを作るが、細部の作り込みが甘いため商品として成立しないと判断する。次に2000万円の業務用プリンタをローンで購入し、同じく麗子フィギュアを作るがやはり商品にならない。細部は再現されているが、造形師が作ったフィギュアに施されているようなモデリングの誇張やデフォルメがないため、目の肥えた両津たちにしてみれば「微妙な出来」なのだ。
しかし両津は諦めない。一軒家をスキャンして立体モデル化し、鉄道模型用のストラクチャーとして販売することを思いつく。さらにその発想を推し進め、引っ越しや建て替えで住んでいた家を手放す時の「思い出」として、自家のモデル化を商売にして大成功する。
両津はさらに発想を広げる。デジタルプラモだ。オリジナルのガレージキットを作っている友人に協力してもらい、オリジナルプラモデルのランナー(組立前状態のもの)を3Dデータ化、そのデータを海外のマニアに売るのである。海外モデラーは購入したデータを元に手持ちの3Dプリンタでランナーを生成し、それを組み立てるというわけだ。
マニア向けのニッチ商売ではあるが、この回は珍しく両津のビジネスが失敗しない。後輩警官の中川も「正しい使い方してるよ」と高評価しており、個人起業としては満点に近いビジネスの創出だったと言えよう。
【次ページ】マージン商売とガチャガチャ当選数管理の妙
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