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  • 2019/07/18 掲載

糸井重里氏に聞く、雑用をAIにやらせる未来が「ディストピアかもしれない」理由

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単純で退屈な作業、あるいは危険な作業や創造的でない作業は人工知能(AI)を搭載したロボットに任せ、人間は楽しい、あるいはクリエイティブな仕事を担当すればよい──。AIやロボットに対し、こうした期待を寄せる声は少なくない。これに対し、「クリエイティブなことを単純作業の上位に置きすぎているように思うのです」と指摘するのが「ほぼ日刊イトイ新聞」主宰の糸井重里氏だ。糸井氏の考えるAI論とはいかなるものか。『僕らのAI論』を上梓し、AIの研究開発などに取り組む森川幸人氏が編著した。
「ほぼ日刊イトイ新聞」主宰 糸井 重里 著、森川 幸人 編著

「ほぼ日刊イトイ新聞」主宰 糸井 重里 著、森川 幸人 編著

糸井 重里
1948年、群馬県生まれ。「ほぼ日刊イトイ新聞」主宰。コピーライターとして一世を風靡し、作詞や文筆、ゲーム制作など多岐に渡る分野で活躍。1998年にウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」を立ち上げる。運営会社の「ほぼ日」は2017年に上場、「ほぼ日手帳」といったヒット商品のほか、近著に『他人だったのに。』、『みっつめのボールのようなことば。』(ほぼ日)、『すいません、ほぼ日の経営。』(川島蓉子との共著・日経BP)など。

森川 幸人
1983年筑波大学芸術専門学群卒業。モリカトロン株式会社代表取締役。株式会社ムームー代表取締役。モリカトロンAI研究所所長。AIの研究開発、CG制作、ゲームソフト、スマホアプリ開発をしている。2004年「くまうた」で文化庁メディア芸術祭審査員推薦賞、2011年「ヌカカの結婚」で第一回ダ・ヴィンチ電子書籍大賞で大賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

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糸井重里氏のAI論とは
(写真:つのだよしお/アフロ)

手編みのセーターが価値をもつのはなぜか?

 AIについて、いろいろな人が「クリエイティブなことは人間がやって、そうじゃない雑用や単純作業はAIにやらせればいい」と言っているのを、ぼくも最初は「そうなんだろうな」と聞いていたのです。

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 だけど、よく考えてみたら、純粋にクリエイティブだけの仕事や、アイデアのみを求められる場面って、日常のなかにはそんなにはないのです。電気掃除機があれば掃除に使っていた時間がずいぶん短くなりますね、という話ならわかるのです。

 ただ、それで節約できた時間を、もっとクリエイティブなことに使いましょう、と言われると、「クリエイティブなこととは、いったい何のことでしょうか?」となるわけです。何がクリエイティブなのか、何が欲しいかもわからない状況で、「みんながクリエイティブになれるんだよ」と言われても、半年にいっぺんくらいじゃないですか、クリエイティブのみが必要になるような場面って。

 たとえば、会社のなかにクリエイティブな仕事と、あるプロセスを確実にこなす単純作業があるときに、クリエイティブなことを単純作業の上位に置きすぎているように思うのです。頭のいい人はみんな、単純作業はムダだと思い込んでいるみたいだけど、単純作業にもいろいろあるわけでしょう。

 たとえば、猫の絵を描くと決めて、その柄や毛並みなんかを機械的に塗っていくのは単純作業かもしれない。でも、その単純作業は、すごくうれしかったりする。塗りながら、「ああ、これ、俺がいつも見てる猫だな」って、しみじみ感じたりする。こういうときに、「猫の毛並みを塗るのは人工知能がやってくれるよ」と言われても、その作業を渡したくないでしょ? その渡したくない作業や労働と呼ばれているものを、AIを語るときに、みんなが軽んじすぎていると思うのです。

 ぼくのまわりにある実際の話をしてみましょう。たとえば「気仙沼ニッティング(注1)」という会社では、手編みであることを事業の軸にしています。編み手の人たちは、これまでに何度も編んだことのあるセーターを、せっせと編んでいる。セーターを編み進めていく部分というのは機械に任せることもできます。

 でも、編み手の皆さんがおっしゃるには、編む作業をしていると、すごく心が落ち着くそうです。セーターを編むことは誰かのためになることでもあるし、そのリズムのなかで体を動かしていく作業は、誰にも取られたくない仕事なんだそうです。もちろん、それが面倒くさいと言う人もいるでしょうし、生産性を上げてたくさん売りたいという人だっているでしょう。でも、少なくとも気仙沼ニッティングの場合は、セーターを手で編むということに強く意義を感じている。

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「編む作業をしていると、すごく心が落ち着く」

注1:気仙沼ニッティング(宮城県気仙沼市)は2013年に設立。編み手さんたちが一着ずつ、手編みをして注文者の人に届けるという仕組みを取っている。

AIに必要なのは「すごさ」なのか?

 いくら機械で編んだほうが目が揃って速く編めるといっても、それを機械に渡すわけにはいかないのです。それは逆の側から見ることもできて、できあがったセーターが手編みであるということを、お客さんはとても喜んでくれる。それは、すこし大げさな言い方をすれば、セーターを編むことに命を使っているからじゃないかなとぼくは思っているのです。

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『僕らのAI論』
画像をクリックするとアマゾンに移動します
 つまり、そのセーターには編んだ人の時間が込められている。できあがったセーターはその時間の記録なのです。そこに編んだ人の命が込められているといってもいいんじゃないかと思っています。いま、そういうものを人はたしかに求めているし、それは理屈と効率だけではたぶん説明できない。

 もっと言うと、スポーツなんて、理屈と効率でとらえたら意味がないことばっかりですよね。たとえば、マラソンをある場所から42.195キロ離れた場所にいくだけの作業と考えたら、なぜ人がそれを一生懸命やるのかということになってしまう。猫のお世話とかもそうですよ。エサやりとかトイレとか、猫の面倒をロボットがぜんぶやってくれるとしたら、猫を飼う意味ってなんでしょう?

 つまり、生きることそのものがよろこびであることを、人間というのは感じ取りたいんだと思います。今日起きて、「何しようかな」って考えたい。「庭の掃除をしよう」と思って飛び起きる人もいるし、古典を読んだり、むずかしい数学の証明に挑戦したりすることもそうです。それは、どこからどこまでがクリエイティブな仕事だというふうにとらえるのではなくて、自分が自分の全部を使ってよろこぶ時間が欲しいということなんだと思います。

 だから、AIがどうなっていくのか、何ができるのかということを、「こんなにすごいですよ」と箇条書きにする前に、「人のよろこび」みたいなものについて、もっとちゃんと考えないといけないと思います。無駄がなくて、安全で、正確なものが、本当にいちばん欲しいものなのかどうか。

 ぼくは自分がつくった『MOTHER3』(注2)というゲームのなかに「ぜったいあんぜんカプセル」というものを登場させました。そのなかに入ると「ぜったいあんぜん」で、永遠に生きられるんだけど、一度閉めると二度と外に出ることができない。はたしてそれがいいのか、悪いのか……。それこそが、いま語られているような進化を突き詰めていった先にある、ディストピアかもしれないとぼくは思うのです。
注2:『MOTHER3』は任天堂のRPG(ロールプレイングゲーム)。2006年に発売。糸井重里は開発者として名を連ねている。

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