- 会員限定
- 2025/02/26 掲載
ソブリンAIとは何かをやさしく解説、日本と世界はどう違う?NVIDIAが推進のワケ

ソブリンAIとは何か?なぜ今、ソブリンAIなのか
この1年、多くの国では、AIリーダーシップとソブリンAI(AI主権)の確立を目指す取り組みが活発化している。この動きは、単なる技術開発競争ではなく、グローバルな経済成長をけん引する新たな原動力として、また地政学的な緊張と技術の二極化をもたらす要因として注目を集めている。ソブリンAIとは、各国が自国のインフラストラクチャ(計算機設備や通信網などの基盤)、データ、労働力、ビジネスネットワークを活用してAIを生産する能力のことだとNVIDIAでは定義している。
このコンセプトは、物理的インフラとデータインフラの2つの要素から成り、各国固有の言語や文化、慣習を反映した独自の基盤モデルの開発を通じて、自国のAI開発能力を確立することを目指す。
その経済的なインパクトも極めて大きい。コンサルティング企業カーニーのまとめによると、生成AIが登場する前の調査では、AIが10年間で各国のGDPを10~18%押し上げる可能性が示されていた。
一方、生成AIの登場により、より成熟した経済圏では、さらに20~25%のGDP上昇が見込まれるという。またIDCは、2030年までに世界経済はAIによって20兆ドル規模の価値を生み出せると予測している。
カーニーが最近実施した20カ国のベンチマーク調査では、国家AI戦略・政策に関する3つのアーキタイプが浮かび上がった。
第一は「リーダー」。米国と中国に代表される、強力な資金力と投資を通じてグローバルなAIリーダーシップを目指す国々だ。
第二に「プロテクター」。カナダ、フランス、ノルウェー、デンマークなど、消費者保護を優先し、AIリスクの規制と責任あるAI実践の促進に焦点を当てる国々。
第三に「インテグレーター」。シンガポール、英国、韓国、日本、サウジアラビアなど、国家経済のさまざまな優先産業・分野へのAI統合を可能にする政策を確立した国々だ。
しかし、すべての国がソブリンAIを実現できるわけではない。データセンター、先進的なGPU、基盤モデル開発、そして膨大なエネルギーを確保する必要があるためだ。これらの資本を確保できる国は、世界でわずか15カ国ほどにとどまる。
ソブリンAIのメリット
ソブリンAIへの取り組みは、大きく分けて4つのメリットがあると言われる。第一に、データのセキュリティやプライバシーの保護が強化される。これは、個々のデータの管理と保護を自国内で完全にコントロールすることが可能であるため、データ漏えいや不正アクセスのリスクが著しく低減される。
次に、企業や国家の戦略的な意思決定が迅速かつ効率的に行えるようになる点が挙げられる。ソブリンAIを利用することで、大量のデータを迅速に分析し、より精確な意思決定を支援することができる。
3つ目として、自国文化の保護と国家安全保障体制の堅持が可能となる。国内の文化や言語に特化したAIの開発により、文化的な特性を活かしたサービスが展開でき、国家の独自性と安全保障が強化される。
最後4つ目は、地域のイノベーションを支援することも大きな利点と言える。地域固有の問題解決や技術開発を促進することで、地域経済の活性化に寄与し、グローバルな競争力を高めることが期待される。このように、ソブリンAIは多方面にわたるメリットをもたらし、それぞれの国や地域において重要な役割を果たす技術となる。
ソブリンAIの具体的なプロジェクト
日本でも、ソブリンAIの推進は国家戦略として重要視されている。経済産業省が主導し、国内の主要クラウドプロバイダーであるGMOインターネットグループ、さくらインターネット、KDDI、ソフトバンクなどが協力して、生成AIのインフラ構築を推進。このプロジェクトには、1,000億円以上の助成金が投入され、AIスーパーコンピューターの開発やクラウドプログラムの安定供給を図る。さらに、産業技術総合研究所(産総研)は、NVIDIAやHPEと連携し、AI Bridging Cloud Infrastructure 3.0(ABCI 3.0)と呼ばれるAIスーパーコンピューターを構築中。このシステムは、数千基のNVIDIA H200 TensorコアGPUとNVIDIA Quantum-2 InfiniBandネットワークを搭載し、国内のAI研究開発能力を大幅に強化することが期待されている。
日本以外の動向でみると、NVIDIAの働きかけもあり、新興国におけるソブリンAIの取り組みも活況に向かいそうだ。
東南アジアでは、タイとベトナムがソブリンAI構築に向けて大きく舵を切った。タイのペートンタン・シナワット首相は、NVIDIAのジェンセン・フアンCEOと会談。タイにおけるAI開発機会について協議を行い、気象予測、気候シミュレーション、医療分野でのAIイノベーション推進に向けた教育・訓練への投資拡大について意見を交わした。NVIDIAは現在、タイ国内の数十の大学やスタートアップ企業と協力し、同国のAI発展を支援している。ソブリンAI開発においては、同社はクラウドインフラ構築を支援する。

タイのソブリンAIの取り組みにおいて、特に国内のクラウドインフラ企業SIAM.AI Cloudの役割が注目される。同社は、NVIDIA Tensor Core GPUを搭載した仮想サーバへのアクセスを顧客に提供。また、NVIDIA H200 Tensor Core GPUおよびNVIDIA GB200 Grace Blackwell Superchipsへのサービス拡大も計画している。
SIAM.AI CloudのCEOであるラタナポン・ウォンナパチャント氏との対談で、フアンCEOは「AIにおいて最も重要なのはデータだ。タイのデータはタイ国民のものである」と強調。その上で「デジタルデータには、タイの知識、歴史、文化、人々の常識が込められている。これらは、タイ国民によって活用されるべきだ」とソブリンAIの重要性を語った。
一方ベトナムでは、ファム・ミン・チン首相がフアンCEOと会談を行い、NVIDIAが同国初の研究開発センターを開設することで合意した。このセンターは、ソフトウェア開発に焦点を当て、ベトナムの企業、スタートアップ、政府機関、大学と協力して同国のAI導入加速を目指す。すでにNVIDIAは、ベトナム国内の65の大学と、NVIDIA Inceptionプログラムを通じて100社以上のAIスタートアップを支援。さらに同プログラムのメンバーである医療AIスタートアップのVinBrainを買収し、マルチモーダルヘルスデータへのAI診断応用を進めている。 【次ページ】欧州でもソブリンAI開発に向けた動きが顕在化
関連コンテンツ
PR
PR
PR